社会は逸脱者を必要とする(3) 【第一部】ドイツにおける<精神薄弱児>の発見

 前回予告した通り、今回は19世紀-20世紀の転換期のドイツにおける軽度発達障害児の発見について資料に基づいて考察をしてみよう。と言っても、ドイツ語を学んだことがない私にとって、原典資料を読み解くことは不可能である。日本語で書かれた先行研究に引用されて資料を、私なりに解釈しながら考察を進めていくことになる。  教育史、あるいは歴史…
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社会は逸脱者を必要とする(2) 【第一部】普通学級における軽度知的障害児の発見

 これから、今までになく長い探究の旅に出発する。扱う事例も多岐に渡るため、最初にこのブログで扱う一連のテーマの見取り図を示しておきたい。  この探究の目的は、支援の概念として誕生した発達障害者概念がどのような過程を経て、社会の秩序あるいは価値観を防衛するために不可欠な逸脱者概念に変貌していったのかを明らかにすることである。 …
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【修正版】知能検査の誕生 -知能測定における知の様式

(今回は引用文献に差別語が大量に出てきますが、引用文献の文意を損ねないように、敢えてそのまま使用しています) このブログでは何度も繰り返しているが、発達障害というインペアメント(心身の機能不全)は目に見えにくい。を医学的検査によって脳、遺伝子などの異常を発見しようとしても、発見できる異常は微々たるものでしかないだろう。発達障害の…
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グレーゾーンへ(38) 社会は逸脱者を必要とする① ニート論まとめ

もし<純粋な社会>が樹立されたとしたら、人間はどんなことをしてでも、「異人」を捏造することだろう。「異人」は我々の外部にいるのではない。「異人」は人間生活にとって不可欠な存在なのである。(小坂井 敏晶『民族という虚構』より)  反ニート論や階級論など色々な方向に議論が飛んでいたので、話を元に戻そう。今回の文章はニート論…
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【広告】『支援』vol.2

ちょっと閑話休題で、作品紹介です。  今年度は公私ともどもドタバタでなかなか思ったように執筆ができていなかったのですが、年度末にようやく1つだけ作品を世に出すことができましたので、紹介しておきます。 雑誌「支援」vol.2 (生活書院) 特集:「当事者」はどこにいる? http://www.seikatsushoin.co…
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【またまた修正】グレーゾーンへ(37) アンダークラス -不平等感を鎮める逸脱者-

 アンダークラス論はニート論にどのような影響と誤解を与えたのかを明らかにする前に、アンダークラスとは何なのかを明らかにしていこう(以下、ポール・スピッカー『貧困の概念』生活書院参照)。その上でアンダークラスという逸脱者の概念がなぜ社会に必要とされるようになったのかを考察してみよう。 (1)階級とは何か  アンダークラスは…
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【修正版】グレーゾーンへ(36) ニート概念の支援外的批判

(ちと修正しました。)  前回はニート概念の内容と変遷を辿った上で、その支援内的批判を紹介した。批判の内容は大きく3つの論点に集約される。 ①概念が大風呂敷すぎる ②年齢を若年層に絞ることにより、10代から60代まで広く分布している無業者全体を見渡しにくくなっている ③労働意欲を問題にするような類型化を行なうことにより、…
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グレーゾーンへ(35) 迷走するニート概念

(ひとまず、リハビリをしつつ仕事へは復帰。降格は避けられないが、作品作りをするための生計ぐらいは立てられそうだ。)  いよいよ本題であるニートについて論じていこう。議論の目標到達点は、ニート状態にあるとされた人々がどのような過程を経て、社会の中の破壊すべき想像上のシンボルに祭り上げられていったのかを考察することにある。  し…
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グレーゾーンへ(34) 逸脱者とは何か ニートについて論じる前に

(労働者寿命は相当危なくなっておるが、思考はいまだ死なず。最後の力を振り絞ってレッツゴー!!)  デュルケーム及びその影響を受けた論者たちの犯罪に関する言説を紹介しつつ、逸脱者とは何かという議論を続けていこう。  以前にも紹介したが、デュルケームに非常な大きな影響を与え、かつデュルケームが乗り越えようとした犯罪社会学の創始者…
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グレーゾーンへ(33) 正常な社会 ニートについて論じる前に 

(いよいよ、就労の方は退職になるか、壊れて仕事ができなくなるかの瀬戸際。最後の精神力をを振り絞って執筆するぞ~) まず第一に犯罪をまぬがれているような社会はまったく考えられないということからして、犯罪は正常的なものである。(「正常なものと病理的なものの諸基準について」)  冒頭の発言は近代社会学の祖の1人でもあるフランスの社…
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グレーゾーンへ(32) 家族福祉とその限界性について④ 家族福祉依存社会の生成

 不慣れな分野であったため時間がかかったが、家族福祉に関する考察は今回が最後になる。家族福祉依存社会の生成を論じて締めとしよう。  まず、家族福祉依存社会という造語から説明していこう。ここで言う家族福祉依存社会とは (1)子育て,看病,介護などの広い意味でのケアにおいて (2)公共福祉、企業福祉、家族福祉、地域共同体な…
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【番外編】内部型排除 -外部型排除との比較を通じて

(あうう、文章が乱れきっているので、修正中ですじゃ.。でもやっと完成したじょ)  最近、体調不良を起こし、半病人のようになっていたので、若干ネット活動を自粛していた。今までよりも縛りなく作品を作れるようになった反面、しばらくは身を削るような作品作りになることは避けられそうもない。しかし、こうしている間にもアイデアが色々浮かんで…
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障害学会第8回大会

こうもりです。 9月は体調不良に苦しんだり、何なりでへろへろになっておりました。それはさておき、こうもり久しぶりの出没情報です。 10月1日~2日に愛知大学で日本障害学会が開催されます。わたしもへろへろになりながら、両日とも出席する予定です。いちおう、1日の正午過ぎに出番があることになっています。 http://www…
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【修正版】グレーゾーンへ(31) 家族福祉とその限界性について③ 家族福祉に何ができないのか

いよいよ、今回の本題である「家族福祉に何ができないのか」というテーマに言及しよう。 前々回に家族福祉が持つ機能を以下の4つに分けて紹介した。 (1)財との集積と共用機能 (2)教育,ケアサービスの供給機能 (3)家事サービス機能 (4)関係調整機能  もう少し簡単に噛み砕くと、(1)は家族福祉を運営維持するにあ…
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【また修正中】 グレーゾーンへ(30) 家族福祉とその限界性について② 何が家族を問題化させたのか?

(久しぶりの投稿、それにしてもエネルギー不足ですじゃ)  家族福祉に関する2つ目のテーマに移ろう。子どもの教育に影響を与えるものは無数にありながら、なぜ家族だけが問題化されやすいのかという考察である。前回予告したように、学校教育サービスと比較してみると極めて理解がしやすい。  そこで、まずは現在日本の学校教育サービス、と…
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グレーゾーンへ(29) 家族福祉とその限界性について① 家族福祉とは何か?

(6月はずっと崖っぷち状態が続き、連載が大幅に遅れました。やっと2連休が巡ってきたので、連載を再開できます。)   前回までは学校教育サービスの特質と限界について言及し、このサービスの下ではひきこもりもまた発生することが不可避であることを述べた。今回以降は学校教育サービスと並んで、教育サービスの担い手の1つと目されている家族につい…
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【修正版】グレーゾーンへ(28) 発達障害大学生のひきこもり【後編】

(ちと、私生活が慌しくなって投稿が遅れました。めんご。しかも、かなりの乱文になっておる~。)  教育社会学者本田由紀はいくつかの調査に基づいて興味深い指摘をしている。日本の学校教育を受けた子どもの数十年来の特徴として、他国の子どもに比べて「何のために勉強しているのかが分からない」と感じている者と、「勉強が自らの将来の勉強や仕事に役…
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【暫定的完成】グレーゾーンへ(27) 発達障害大学生のひきこもり【中篇】

 発達障害学生が今回のテーマだが、前回は前段階の話として、義務教育段階の学校教育サービスの特質について論じてきた。今回も少しだけその話の補足を行い、大学段階の話につなげていこう。  学校教育サービスについては、これまで2つの異なる学校観(前提)からの議論が行なわれてきたように思う。1つは学校を「小社会」とする前提からの議論であり、…
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【修正版】グレーゾーンへ(26) 発達障害大学生のひきこもり【前編】

 ひきこもりについては後2つほど語り残したことがある。1つは発達障害大学生のひきこもりについてであり、もう1つは家庭というセイフティーネットに関わってくる問題である。まずは、発達障害大学生のひきこもりというテーマについて論じてみよう。一見、小中学校,高校における不登校の延長線上にあると思われがちな問題なのだが、必ずしもそうとは言えない側…
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グレーゾーンへ(25) ひきこもりの世界⑤ 南雲明彦の4つの仮面【後編】 

 今回検討されるのは、ディスレキシアの当事者南雲 明彦が障害者役割の世界を生きるようになってからのことだ。しかし、本題に入る前に、障害者役割という言葉について、再度説明をしておこう。弊ブログでこの問題提起を行なったのは1年前だが、その後新たに付け加えなければならない内容が増えている。 (詳しくは以下のサイト参照) http://…
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