【過去】定着の危うさ -障害者通所施設の一側面-

連続投稿で、障害者通所施設についても考察しておこう。

障害者通所施設はどちらかと言えば、近代社会の産物と考えることができる。盲人職業訓練施設などは、ヨーロッパでは19世紀初頭からその存在を確認することができる。通所施設が対応しているのは、「定着の危うさ」を抱えている障害者たちである。

では、「定着の危うさ」というのはいったいどのような状態なのだろうか?近代社会において、誰もが半ば強制的に参加しなければならないのは、学校と職場である。もちろん、学校、職場への参加には権利という側面もあるのだが、そこに参加できていない不登校者、無業者が色眼鏡で見られることも多いという意味では、強制という側面を無視して論じることはできない。

一方、学校、職場はある一定の割合ではそこからこぼれ落ちる者を生み出す。学校であれば不登校者、学校中退者、職場であれば無業者以外にも不安定就労者が存在する。そして、これらのこぼれ落ちた人々の中にはさらにある一定の割合で見えにくい障害、疾患を有する者が存在する。「定着の危うさ」とは、参加することが当然視されている活動に定着できない状況に置かれた障害者たちの不安定な社会参加状況を指し示す言葉である。かつての授産施設や福祉作業所、そして現代の就労自立支援系施設や地域活動センターは「定着の危うさ」を抱えた障害者の受け皿であるとともに、これらの障害者が「定着の危うさ」を抱えていることを不可視化する機能を抱えているのである。

学校、とりわけ普通学級における「定着の危うさ」に対処するのは、福祉サービスではない。具体的には特別支援学校、通級指導、通信制高校、サポート校、フリースクールなどが受け皿と不可視化の両面の機能を引き受けることになる。

日本においても高度経済成長以降、「定着の危うさ」を抱えた障害者を対象とした通所施設は増加していった。そして、21世紀になると、入所施設以上に通所施設が学校、職場からこぼれ落ちる障害者の受け皿と不可視化の機能を果たす比重が増え始めている。ここでもやはり通所施設内というコップの中の出来事だけに注目するのではなく、「定着の危うさ」を抱えた障害者の受け皿がなぜこれほどまでに増やされてしまったのかが問われなければならないだろう。

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