【現代】「優しいネグレクト」再考

 以前にも少しだけ話題にしたことのある「優しいネグレクト」について、もう少し詳しく論じてみることにしよう。

 読者は職場、学校、福祉施設における虐待と言ったら、何を思い浮かべるだろうか?まず思いつくのは、上司、教員、福祉施設職員による暴行や暴言ではないだろうか。あるいは、福祉施設における性的虐待も、ほぼ確実に虐待と認定されるような行為であろう。ある意味、暴行、暴言、性的虐待は加害者と見なされた側にそのつもりがなかったとしても、観察可能な「わかりやすい」虐待であり、メディアにも取り上げられやすい。従って、多くの読者にとって直観的に虐待と認識しやすい虐待なのである。

 ところが、就労支援において企業訪問をしている就労支援者、学校や施設を巡回して現場職員(教員、福祉施設職員)にとって、「わかりやすい」虐待というのはそう頻繁に目撃するものではない。仮にあったとしても、職場、学校、施設訪問時に加害者と目される人物があからさまに障害者に対して暴行を働き、暴言を吐くということはあまりないだろう(中には巡回する支援者が来た時だけ、障害者の問題点が伝わるように、厳しい言葉を浴びせかける上司、教員、福祉職員というのもいることはいるのだが)。

 そして、いわば巡回する支援者が目撃することの多い虐待というのが、筆者の言う「優しいネグレクト」なのである。例えば、普通学級において発達障害や知的障害の疑われる子どもがおり、いじめを受けていたとしよう。その時に、業務多忙、面倒ごとに巻き込まれたくないといった理由によっていじめを放置していたとしたら、それは「優しいネグレクト」に該当する。あるいは、法定雇用率により障害者を受け入れることになった事業所の部署で、部署の上司、同僚が多忙を理由に必要な教育、配慮を行わずに、ソフトに対応しながら放置していたとしよう。これも、「優しいネグレクト」に該当する。そして、巡回する支援者が障害児・者のいる現場で最もよく目撃することがあるのはわかりやすい「虐待」ではなく「優しいネグレクト」のである。
 「優しいネグレクト」に走ってしまう現場の人々は決して、障害児・者に対してあからさまな悪意、敵意を持つ人々ではない。文字通り、

①仕事のノルマや負担に追われて、障害児・者に対する教育、配慮の優先順位を低くつけている人々
②「自分は事業所から面倒なことを丸投げされている」という押しつけられ感を抱えている人々
③自らが担当させられた障害児・者への対応方法が分からず無力感を抱えている人々
④障害児者自身、あるいは障害児・者の家族からのクレームにおびえ、腫物に触るように障害児・者と関わっている現場の人々

なのである。①~④のようなタイプの現場の人々と関わった巡回支援者は、これらの人々が日々の障害者対応について強い不満やストレスを訴えるが、あまり具体的な対応が取られていないことに気がつくだろう。また、何か助言をしたとしても、「忙しくて、そこまでできません。」、「障害者だからと言って、そこまでやらなければならないんでしょうか?」といった形で助言ははねつけられてしまうことが多い。

 「優しいネグレクト」に走る人々は決して障害児・者に対して攻撃的、拒絶的な態度で接することはない。むしろ対応はソフトである。しかし、教育や配慮に力を入れることはなく、クレームが出ない程度、問題化されない程度にその場をやりすごそうとする。結果的に「優しいネグレクト」を受けた障害児・者は生きていくため、働くために必要なスキルなどを身に着けることなく、成功体験を積むこともなく。自らが参加している場所で放置されていくことになる。そして、職場や福祉施設では、ひどい場合は10~20年もの間、その状態が継続することになる。障害児・者側が不幸感を味わっていない場合もあるが、得られるものの少ない社会参加状況であることは言うまでもない。

 負担感、無力感、腫物に触れるような圧迫感こそが、「優しいネグレクト」が生じる源泉である。直接的には障害児・者が粗末に扱われていることを示す事例だが、間接的には直接障害児・者と関わることになった現場の人々が障害者ではないという理由で非常に粗末に扱われていること、負担や責任を丸投げされていることを示す事例と言えるだろう。 

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