【過去】子育て支援優生学

 断種や安楽死作戦のイメージを引きずっていると理解しがたいと思うが、優生学者、あるいは優生学運動家というのは、とりわけ第一次世界大戦以降、公的な子育て支援に熱心な政策提言を行っていた。これは、少なかれ、政治的右派の優生学者/運動家にも見られたことである。

 しかし、特に優生学が迷走していた訳ではない。筆者が読み解く限り、優生学の最初の出発点は人口問題、とりわけ中産階級以上の少子化をどのように食い止めるかを重要な課題としていた。中流階級以上の家庭がより多く、より「質」のよい労働力の備蓄(子孫)を残してくれることは大歓迎だったのである。
 一方、子育て支援に熱心な優生学者/運動家は同時に子育て支援が貧困層の多産を促進してしまうことを警戒した。様々な給付をあてにして子どもをたくさん産むケース、給付目当てに養子を多数引き取る者がいても不思議ではないと彼女/彼らは考えた。

 そこで、彼女/彼らが提案したのは、現在で言えば育児手当、教育手当、扶養控除のような制度であった。育児手当、教育手当についてはそれほど説明はないだろう。子育て中の家庭に対して現金給付を行う制度なのだが、子どもを産んだら誰でももらえる給付制度にしてしまうと、貧困層が好ましくない労働力の備蓄を増やしてしまう可能性もある。そこで、考えられたのが、納税者のみに育児手当、教育手当を給付するという政策構想、あるいは子育て中の家庭に対して税額控除を行うという制度であった。つまり、納税者のみの優遇措置にすることにより、中流階級以上の少子化を食い止め、貧困層の多産を防ごうとしたのである。

 両大戦間期のヨーロッパで子育て支援を整備した国々は軒並み同様の制度を採用しており、子育て支援と優生学のつながりの深さを感じざるを得ない。

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