【過去】ソーシャルワーク優生学

 地域における優生政策の取り組みは、社会福祉や保健衛生と抱き合わせで行われる。特に多産な貧困地域における優生政策、あるいはバースコントロール運動は、貧困問題への取り組みに熱心な支援職、民間団体の活動が不可欠である。

 民間の慈善事業団体、社会事業団体のソーシャルワーカーによる貧困家庭の家庭訪問の取り組みが始まったのは早い国では1870年代ごろからである。当時の女性ソーシャルワーカーの主な役割は、ジェンダーを利用しながら、貧困家庭の人々と交流を重ね、その生活実態を把握することであった。単に把握するだけではなく、その貧困が個人要因によるものか、やむを得ない事情によるものかの審査を行い、「救済に値する」貧民と「救済に値しない」貧民の線引きをも行っていた。そして、家庭訪問の際にソーシャルワーカーたちが特に注目して観察したのは、子どもに対する家庭の養育状況、家庭衛生の状況であった。ソーシャルワークが実施される過程で、欠食児童、病弱児、ネグレクト児童などが「発見」され、次第に貧困層における家庭養育、衛生が問題視されるようになった。肢体不自由児などに対する関心も家庭ソーシャルワークの世界から生じている。

 しかし、知的障害が貧困ではなく、遺伝を要因とするという言説が20世紀初頭に流行し始めると状況はソーシャルワーカーの役割には若干の変化が現れる。単に栄養不良、不衛生、ネグレクトによって精神、身体が退化したとされる児童のみならず、遺伝的な負荷を背負っているとされる児童、あるいは遺伝的疾患、障害が家系的に多いとされる児童にも注目するようになる。ソーシャルワーカーの役割には遺伝的要因と判断された知的障害児を発見し、援助するとともに、優生政策の対象となる者の特定を行うこと付け加えられた。日本では時として民生員がこの役割を引き受けることになった。

 貧困問題に熱心な支援職こそが、禁絶的優生政策における重要な実行部隊だったというのは、皮肉である。善意こそが、貧困地域に優生政策を広める動力源だったのである。

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