【追加】グレーゾーンへ(4) 触法障害者と非行少年③

 触法障害者の話を終わりにして、非行少年の話に移ろう。こちらについて21世紀に入ってから、発達障害との関係について多数の書籍や論文が出されている。

 まず、「少年」の定義から。「少年」の定義は児童福祉法と少年法で異なっている。前者は「小学校就学の始期から、満18歳に達するまでの者(第4条3項)」とされており、後者は「20歳に満たない者(第2条第1項)」とされている。しかし、今回は非行少年をテーマとしているので、少年法の定義(20歳未満)を採用して話を進めていきたい。

 次に「少年非行」とは何だろうか。同じく少年法では「20歳未満の青少年による犯罪行為、触法行為及び虞犯」を総称している。なお、犯罪行為とは「14歳以上20歳未満で刑罰法規に違反した行為」、触法行為とは、「14歳未満で刑罰法規に触れる行為」、虞犯(ぐはん)とは「保護者の正当な監督に服さない、家庭に寄り付かない、犯罪性のある者や不道徳な者と交際する、自己又は他人の特性を害するなどの性癖有することから将来犯罪を行うおそれが濃いと判定された状態(第3条)」とされている。

 なお、「非行」という言葉が用いられる場合は凶悪犯罪というよりも軽微な違法行為、あるいは違法ではなくても、習慣的規範に照らして反社会的とみなされる行為を指すことが多い。両者が混合して用いられていることもあるので注意されたい。

 では、発達障害と少年非行の関係が興味を持たれるに至った経緯を振り返ってみたい。まず、出発点になったのは、1997年の酒鬼薔薇事件だろう。5月27日に行方不明になっていた男児の生首が真一文字に切断されて、神戸市のある中学校の校門におかれているのが発見された。生首の口には挑戦状がくわえさせられており、赤文字で「酒鬼薔薇」と署名されていた。様々な報道合戦が繰り広げられた末、6月28日に犯人は逮捕された。14歳の男子生徒であり、取調べの最中に「なんで人を殺してはならないんですか!」と反問したことでも有名になった。さらに
翌年には栃木県黒磯市で女性教員が注意されて「キレた」14歳の男子生徒にナイフで殺害されるという事件が起こった。

 この時期から保守派の論客からは「教育やしつけの衰退」ということは盛んに語られるようにはなっていた。あるいは、学級崩壊ということが問題になりはじめたのも、この時期である。しかし、まだ発達障害との関連については、それほど注目はされていなかった。

 発達障害との関連がマスメディアで注目されるようになったのは、2000年の5月に立て続けに起こった17歳の少年の事件だった。主婦を殺害して「人を殺してみたかった」と自供した少年は、その後精神鑑定で「アスペルガー症候群」とされた。また、「神戸に行って子どもの王国を築きたかった」と高速バスを乗っ取り、乗客を殺害した佐賀バスジャック事件,岡山県で部活でいじめを受けた少年が、いじめた生徒をバットで殴り殺したと信じ込み、自分の母親を殺してしまった母親バット殺害事件と続いた。特に豊川事件ではじめて「アスペルガー症候群」という精神鑑定の結果が出された時の衝撃は大きかった。

 自閉スペクトラム障害系の支援団体,専門家が「早期発見,早期対応され適切な支援を受けていれば、予後は良好だ」「加害者は未診断,未治療の当事者だった」ということを繰り返しマスメディアで語るようになったのもこの頃である。それが、大人になるまで診断されなかった中途診断者,未診断者をスケープゴート(生贄の羊)にした各団体の自己防衛策だったことは言うまでもない。従って、それらの支援団体がどんなに発達障害者の早期発見,早期対応していたとしても、グレーゾーンの世界でそれが評価されることはまずない。むしろ、自らが支援する子どもたちを守るために、グレーゾーンたちをスケープ・ゴートにした「最大の加害者」として評価せざるを得ないだろう。わたし自身はこのスケープゴートに加担した専門家に対してはさすがに活動の妨害まではしないが、一切協力しないことにしている。

 話を元に戻そう。その後も自閉スペクトラム障害/広汎性発達障害と精神鑑定されるような少年の事件が毎年報道されるようになった。2003年の長崎の12歳の少年による幼児殺害事件,2004年札幌のいじめっ子に仕返しをしようとして母親を殺してしまった殺害事件,佐世保市の同級生殺害事件,寝屋川市の中学教員殺害事件などが代表的である。また、大人の起こした事件でも、前回紹介した2002年のレッサーパンダ事件,2004年の京都で起こった塾講師による女子生徒殺人事件などでも、犯人は「自閉スペクトラム障害/広汎性発達障害」と鑑定された。その度に支援団体の一部は未診断・未治療の当事者たちをスケープ・ゴートにして自己防衛を図り続けた。

 そればかりではない。これらの事件,学級崩壊,少年犯罪の増加というイメージは発達障害支援関係者が発達障害支援推進をアピールするためには絶好の機会だったのだ。少年犯罪の増加,凶悪化という前提の元に前政権担当党の元では道徳と愛国心教育の教科が叫ばれ始めた。愛国心教育と道徳教育の強化が盛り込まれた教育基本法の改正もこの流れに沿っている。また、少年犯罪の低年齢化,凶悪化を理由にした少年法の改正も盛んに議論されるようになった。少年の世界でも、成人の世界でも厳罰化の傾向は強くなっていった。

 発達障害支援の推進はこの流れに完全に同調する形で推進されていった訳ではない。しかし、教育あるいは療育による問題の解決という訴えが、教育による道徳の強化を重視する前政権党と相性がよかったのは事実である。特別支援教育において発達障害児が支援の対象となったこと,発達障害者支援法の成立などは明らかに前政権党の時に急速に進んでいった。もちろん、特別支援教育を推進してきた発達障害支援関係者,発達障害者支援法の推進者が発達障害当事者たちを犯罪予備軍として扱い、囲い込むことを主張していた訳ではない。わたしは特別支援教育,発達障害者支援法の推進者たちと数名程度面識があるが、彼女/彼らは自らが支援していた当事者たちのことを心底思って行政に対する働きかけをしていたのは事実だと思う(そのために、未診断,未治療者をスケープ・ゴートにしてしまうことがあったのだが)。

 ただし、当時の教育におけるしつけの衰退という議論,司法における少年法の改正と厳罰化という方向性,発達障害者支援の推進という流れが、分かちがたく結びついていたのは事実である。例えば、特別支援教育は発達障害児の個別支援だけではなく、普通学級での学級運営上の工夫による学級崩壊の防止のノウハウを提供するという役割も担うことになった。今でも普通学級における特別支援教育とは当事者の障害に対する個別の配慮というより、学級運営の工夫という部分に重点が置かれている。また、発達障害と精神鑑定される触法少年が登場する度に「なお、いっそうの教育支援を」と叫んでくれる発達障害者支援の関係者は前政権党にとって非常にありがたい存在だったのだと思う。教育の再生(具体的には道徳教育と愛国心教育の強化)を謳った「教育再生会議」においても、発達障害支援のことは盛んに取り上げられるようになった。
 
 もっとも、その反動で政権交代が起こってからは、発達障害支援は非常に窮地に立たされることになったのだが、その問題は今はそれほど重要ではない。グレーゾーンの分野で活動しているわたしからしてみれば、「軽度の障害者に障害者福祉のパイを渡してはならない」という方向性で動いている障害者団体と、「未診断,未治療の当事者たちみたいにならないように、発達障害のある子どもたちに早期発見,早期対応をしなければならない」と主張する発達障害の団体のどちらが障害者政策で主導権を握っても、大した違いはない。それどころか、これらのロビー活動(政治への働きかけ)をしている団体こそが、未診断,未治療の発達障害者,知的障害者たちの最大の敵になってしまう可能性があることを知っている。だから、ロビー活動をしている障害者団体全てから距離をおいて、発言をしていかなければならないのが今置かれている状況である(つまり、サイード風に言えばアウトサイダーでなければならないということ)。

 話を元に戻そう。発達障害と非行の関連についての議論が盛んになったのも、前政権下でしつけの衰退,教育基本法の改正,少年法の改正が議論されている時期だった。しかし、この時の議論の前提となった少年犯罪の凶悪化,低年齢化などは本当に起こっていたのだろうか。結論から言えば、いずれも誤った前提の議論であったことが明らかにされている。主に教育社会学者広井照幸,犯罪学者浜井浩一の議論を中心に前提を見直していこう。

 まず、これはよく言われることだが、警察発表される少年の殺人事件は毎年100件前後で推移している。日本人のしつけの衰退を憂いている昭和30年代に少年だった世代の4分の1まで減少していることを忘れてはならないだろう。赤塚行雄『青少年非行・犯罪史資料』を見ても、ここ15年のうちに凶悪犯罪としてマスメディアで騒がれたすおう年犯罪事件と類似した事件(殺人,強姦など)も戦後、繰り返し発生していたことが明らかにされている。それらが話題になりにくかったのは、今よりもよくある事件だったために騒がれなかったというだけである。
 あえて近年増加傾向が見られたことがあるとすれば、窃盗,万引き,自転車盗など広井氏の言う「けちな犯罪」である。もっとも、これだって増えているのかは疑問である。厳罰化が進めば、今までは起訴猶予になっていた事件だって起訴されるようになり、犯罪としてカウントされる場合がある。
 暴走族に関して言えば、昭和57年には少年構成員が3.2万人(グループ数700)であったのが、平成16年度には構成員9577人(グループ数9577人)に減少している。つまり、暴走族の減少,小グループ化が進み、構成員は3分の1に縮小していたことになる。つまり、その当時のマスメディアの論調とは逆で凶悪犯罪の減少と犯罪の軽微化が進んでいたというのが実態と言ってよい。
 では、低年齢化についてどうだろうか。これも、犯罪白書のような統計を読むと、低年齢層では犯罪は減少している。むしろ問題になっているのは18歳ぐらいまでに非行から卒業できない少年が増えていることである。一般的に言われていることとは異なり、非行少年が少ないことが治安のバロメーターと考えるのは誤りだ。心身の発達により少年たちの攻撃性が増す14~18歳に非行が発生したとしても、18歳ぐらいまでに卒業し学業や職業に戻ってきたとすれば、それは大きな問題ではないというのが基本的な考え方である。そして、現在問題となっているのは、18歳で非行が収束しないことなのだ。そういう意味で少年犯罪は低年齢化ではなく、高年齢化を起こしていると言える。

 さらに今よりも犯罪を減らすために厳罰化を推進することが妥当かという議論も大切である。浜井氏によれば、2004年のナッシュビルで開催されたアメリカ犯罪学会の刑罰による犯罪抑止効果の総合的検証プロジェクトの中間報告がなされているが、「重罰化には統計的に有意な犯罪抑止効果はない」とされていると言う。つまり被害者および遺族の溜飲を下げる以外に厳罰化には大きな意味はないということになる。


 そういう意味で教育基本法改正も少年法改正も誤った前提で改正が進められた可能性が高い。ある意味ではそれに便乗した形で知られるようになった発達障害と非行少年の関係に関する議論についても、何らかのバイアスがかかった状態で議論がなされていた可能性は否定できないだろう。

 犯罪学者ジョエル・バストはマスコミによって作り出されたモラルパニックが被害者を支援する市民運動家,行政,政治家,専門家によって新たな社会問題として制度化されていく過程を分析して「鉄の四重奏」と名づけた。浜井氏の解説は以下の通りになっている。

 マスコミが問題を探し出して報道し、市民運動家が社会運動のなかでこの問題を取り上げ、政府に対策を求め、行政・政治家がこれに対応して法律を制定し、医学・法学・心理学などの分野の専門家が、学問的な権威としてこの問題を解釈するという一連の作業が、パニックを超えた恒常的な社会問題をつくり出す(『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』光文社新書)

 発達障害支援も厳罰化を積極的に主張した訳ではないが、犯罪予防のために発達障害者支援の充実が必要だと主張した時点で、「鉄の四重奏」に便乗ないしは巻き込まれていったことは否定できない。

 さらに、発達障害と非行少年の関係についてはあと2つのバイアスがかかっている可能性がある。発達障害支援の分野では認知行動療法が支援の主流となっている。療法の対象者には何らかの認知の歪みがあるという前提で認知の歪みを直すことを目的とした療法である。相手には認知の歪みがあるという前提で働きかけを行うのだから、
共感と受容を重視する療法に比べると、支援する側が主導権を握り、具体的な指示を行うケースが少なくない。わたしが発達障害支援の世界と関わるようになった頃、支援者が当事者をやたらと仕切ることに対して差し出がましいと辟易としていたことがあった。もちろん、その支援者の性格もあると思うのだが、それまで経験したことがなかった認知行動療法に対する微妙な違和感もあったのだろう。もっとも、わたしの好き嫌いは別にしても、発達障害支援の世界ではそれなりに効果がある療法とはされている。

 発達障害と非行の関連に関する議論では、非行臨床に関わる側が発達障害支援で用いられる認知行動療法に注目するようになったことが興味を惹かれる。発達障害者と非行少年を一緒にされるなんてと思う関係者もいるかもしれないが、確かに犯罪抑止の効果測定によれば、認知行動療法は再犯の防止にはある程度の効果があることが確認されている(キャンベル共同計画)。それが発達障害やそれに近い状態にある当事者に有効なのか、司法の世界で犯罪性,非行性が進んだとされる少年に有効なのかまでは分からない。いずれにしても、再犯の防止には有効な療法としては紹介されている。
 
 この時期の発達障害と非行の関連に関する議論では、発達障害支援の関係者も非行臨床の関係者も口々に「今までの矯正教育ではだめだ。認知行動療法を取り入れるべきだ」と主張していた。一瞬、世論の少年犯罪に対する関心の高まりを利用して、認知行動療法の関係者が自己喧伝と他の療法の中傷をはじめたのではないかと疑ったこともあったが、真偽のほどはよく分からない。推測で語るのはやめにしよう。

 また、発達障害と非行に関する議論では非行臨床において非行の原因として考えられやすい生物的要因,心理的要因,社会的要因のうち、生物的要因に注目が集まったことが特筆される。生物的要因(脳や遺伝子)はかつて犯罪心理学において、犯罪を起こすリスクの高い人を探すのに利用されたことがあり、どちらかと言えば話題にすることが忌避される傾向があった。しかし、発達障害における脳研究の進歩も相まって、非行臨床において非行少年、あるいは犯罪者の脳の問題が盛んに語られるようになった。障害者運動に関わっている関係者からすれば眉をひそめるような事態である。

 わたし自身は権利擁護の観点から、司法の分野で障害という視点を持つことには一定の意義はあると考えている。例えば、取調べにおいて、知的障害者は取り調べの担当者からの問いかけに対して迎合的な回答をしてしまうことがあり、冤罪の一因になるとされている。似たような理由で、自閉スペクトラム/広汎性発達障害の当事者は取り調べ中に不可解な動機を供述してしまうため、愉快犯,反省が見られない容疑者として不利益が生じてしまう場合がある。同じことは法廷でも起こり、裁判官や裁判員の印象を悪くしてしまう可能性がある。また、刑務所や少年院でもどんな矯正教育ならば本人に負荷をかけすぎないか,より有効かと言った観点を持つことはそれなりに大切である。犯罪を犯した障害者に矯正教育を行うにしても、実効性があることをやらなければ意味はないだろう。つまり、取り調べや法廷での無用な不利益を最小限にとどめることが、司法の世界に障害の観点を取り入れることの最大の意義といえる。


 しかし、発達障害と非行に関する議論では犯罪の要因にも非常な注目が集まることになった。家庭,学校において負の連鎖に巻き込まれて「発達障害」のような状態になった青少年が大勢いる中で、うまれつき発達障害があったのではないかと疑われるケースが非行少年の中に見られたからである。

 そこで次回は、2000年代の半ばごろに、発達障害と非行の関連について論じた文献のうち、以下のものを取り上げる。

①品川裕香『心からのごめんなさいへ 一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦』2005年 中央法規
②定本ゆきこ「発達障害と非行」『発達障害の臨床心理学』2010年 東京大学出版会
③藤川洋子『発達障害と少年非行 司法面接の実際』2008年金剛出版
④杉山登志郎『そだちの臨床 発達精神病理学の新地平』2009年日本評論社

 ①はルポライターの手による作品であり、発達障害以外の分野の読者にも大きな影響を与えた。著者は前政権党時代に教育再生会議の委員にもなっている。②④は精神科医の立場から発達障害の疑われる非行少年の臨床に関わっている。③は家裁調査官の立場から、発達障害の疑いがある非行少年の特異性に注目し、問題提起を行っていた。いずれも、社会モデルに慣れ親しんでいる関係者から見れば胸糞が悪くなるような本であることは間違いないが、統計や事例が豊富に紹介されているので、あえて取り上げることにした。犯罪凶悪化説,認知行動療法,生物的要因説のバイアスについては注意を払いながら読んでいくつもりである。

 次回は①②を中心にLD,ADHDと非行臨床に関する議論を取り上げていく。





発達障害は少年事件を引き起こさない
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高岡 健

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この記事へのコメント

ぶじこれきにん
2010年03月15日 10:32
発達障がいの犯罪が支援正当化、認知行動療法のような特定の療法の正当化に利用されてきた現実がよく見えてきた。
 こうもり氏渾身のルポルタージュ、調査の賜物である。
こうもり
2010年03月16日 00:27
▼ぶじこれきにんさん

特に教育再生会議の推進役だった安倍元政権と発達障害支援の関係というのは微妙な感じです。青少年の道徳衰退と犯罪の凶悪化に対して教育による締めつけを強化しようとした安倍政権と、支援する側の権限の強化につながる認知行動療法。両者を全く同一視することはできないのですが、何かその時代の傾向を強く反映しているようにも思えるのです。

特に『心からのごめんなさいへ』がヒットした頃の品川氏の教育再生会議への招聘は道徳教育の強化という方向と認知行動療法の導入という方向性が、比較的共闘しやすかったことが背景にはあるだろうと思います。
ぶじこれきにん
2010年03月16日 11:50
安倍政権の新保守的動きと発達障がい支援の動きは連動している。支援は政治的というこうもりテーゼは本質をついている。
 スタンスが不明確なのに、自立支援法廃止、総合福祉法制定を求める鳩山民主党政権と支援の動き、認知行動療法、受容療法、ティーチ療法の動きと密接に絡んでくるだろう。
 支援業界も政権交代で自分たちの求める福祉・支援体制を実現させようと動くはずだ。(特に発達障がい支援業界は自分たちが支援する発達障がいを行政に認めさせて支援体制作りを要望するはずだ。)
こうもり
2010年03月16日 23:12
▼ぶじこれきにんさん
お蔭様で、国家試験の方は無事合格しておりました。

社会政策アプローチなんかをやっていて分かったことですが、障害者福祉政策などは自分の理念にこだわらず、どの政権党ならば、どのような政策なら受け入れ可能なのかという側面にも注目する必要があるのです。

例えば、前政権党の場合ならば、教育支援の強化,就労自立の促進などがつぼになります。この政党にどうしても政策提言をしなければならなくなった場合は、就労促進を受け入れる代わりに、特性と健康に応じて働くことのできる社会作り,働く障害者の労働条件の底上げか補助つき雇用あたりを提案していくパターンになるでしょう。つまり「働くから、ちゃんと生活できるようにしてくれ」という交渉の手口です。

それに対して、現政権担当党の場合は、まずは国際障害者権利条約に則って提言をするのがミソでしょうね。インクルージョン社会,ユニヴァーサル社会あたりが基本理念といったところか。。。
こうもり
2010年03月16日 23:18
だから、ロビー活動は政権党によって柔軟に路線を変更していくしたたかさも必要なのですが、障害者団体というのはけっこうそれができない場合が多いです。

発達障害者系の団体も、教育重視,就労自立重視の前政権党の時はある意味相性が合ったと思うのですが、たぶん今までとは勝手が違ってきているんだと思います。
Route S.T
2010年03月17日 23:43
合格おめでとう。必要な時道具として、資格を生かせるといいですね。
こうもり
2010年03月18日 06:18
STです。

どもどもです。今年度は浮き沈みの激しいわが半生を象徴するような年でした。後は失業寸前の就労の方を何とかするのみです。
ぶじこれきにん
2010年03月18日 13:35
国家試験合格おめでとうございます。
 この多忙な仲、再就職も決まらないのに、自分より大変なグレーゾーンの人への提言、触法障がい者への提言に渾身の努力を傾けて、ブログに執筆して、政治動向も分析する。こうもり氏の努力と奮闘に頭が下がります。
こうもり
2010年03月20日 18:45
ありがとうございます。まあ、このブログは気晴らし的に書いている部分もあるので、ご心配なくです。案外、ここで色々なネタをストックしておくと、社会的に情報発信しなければならない提案があった時に、すぐに文章が書きあがるので便利です。

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