グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論

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zoom RSS 社会は逸脱者を必要とする(24) まとめ@ 〈発達障害〉前史の時系列的整理

<<   作成日時 : 2014/12/29 11:58   >>

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かなり時代が前後しながら事例考察を進めていたため、今回はこれまで考察したことを時系列に整理してみよう。

【1850〜1880年代】

 ヨーロッパではイギリス以外の国でも産業革命が進むとともに、子どもの就学率が急激に上昇していた時期だった。反面、都市部では劣悪な衛生環境によるとされる疾患や障害者の増大、貧困層の増大、犯罪や売春の多発が問題化されていた。もっともこれは同時代の知識人層が問題視をしていたという意味であり、実態がどうであったのかは、社会史的な考察が必要である。

 同時代の社会主義者、共産主義者ならば、労働者の生産関係の歪みにその原因を求めた。一方、同時代の精神科医の一部は、貧困層を中心に人間が退化し、虚弱な体質が遺伝するようになったことにその原因を求めた。後者は現在では〈変質〉論と呼ばれている。

 〈変質〉論は同時代に流行した進化論と結びつけられて説明されたが、ラマルク進化論を土台にした場合と、ダーウィン進化論を土台にした場合では解釈が分かれた。前者は都市の貧困、劣悪な衛生環境によって虚弱になった人々の体質が形質的に遺伝したと解釈し、後者は先祖返りによる退化と解釈した。後者でよく知られた人物がイタリアの精神科医チェーザレ・ロンブローゾであり、〈生得的犯罪者〉説は現在では疑似科学的とされながらも、犯罪心理学、犯罪生物学、生物的精神医学などの分野に一定の影響を残している(現在の精神科医も犯罪者を考察の対象にはしているという意味で)。一方、ロンブローゾは狂人と天才の連続性にも注目し、天才も〈変質者〉の一形態であると解釈した。

 〈天才〉もまた同時代の考察対象であった。ダーウィンのいとこの統計学者フランシス・ゴルトンは社会改良のためには生殖のコントロールを通じて優秀な才能を持った〈天才〉が生まれる確率を高めることが欠かせないと考え、優生学という学問体系を確立した。〈天才〉や〈白痴〉のように平均的な人間から大きく逸脱しているとされた人物に注目するまなざしを生み出したのがゴルトンであった。このまなざしは後の知能検査の開発にも一定の影響を与えている。

 ただし、〈変質者〉あるいは〈平均の逸脱者〉についての同時代の議論は理論的なものに留まり、実践に移されることはなかった。さらにロンブローゾ、ゴルトンともに生物学的基盤は固定的であり、教育の力によって変更することは不可能だと考えていたため、学校教育の議論に影響を与えることはなかった。

【1890年代】
 学校義務教育制度の確立が急速に進んだドイツとイギリスで〈精神薄弱児〉教育への本格的な取り組みが開始された。ドイツにおける〈精神薄弱児〉とは〈普通児童〉と〈白痴〉の中間に位置する軽度の〈知的障害児〉のことである。イギリスでは〈知的障害児〉全般を指したが、この時期に注目されたのはやはり軽度の〈知的障害児〉であった。

 ドイツ、イギリス両国では就学児童の増加に学校増設が追いつかず、公立、私立の学校とも、1学級60〜80人の過剰収容状態が続いた。授業についていけず落第を繰り返す生徒、教師の指示に従わず学級運営に支障をきたすとされた生徒の存在が問題化され、これらの生徒は外見からは〈普通児〉と見分けがつかない〈精神薄弱児〉であると解釈されるようになった。〈精神薄弱児〉こそが、教室の中の気になる子どもの〈最初の形態〉と言えるだろう。

 教育すれば〈有用な労働力〉になりうる存在、学級運営の〈お荷物〉、社会の〈脅威〉、発達を保障すべき〈子ども〉。。。教育関係者の受け止め方は多様であったが、〈普通学級〉で教育するのは不可能であり、少人数学級で教育するという結論は奇妙に一致していた。この結果、ドイツでは〈補助学級〉、イギリスでは〈特殊学級〉の設置が徐々に進められ、〈精神薄弱〉と見なされた生徒たちが振り分けられていった。特にドイツの〈補助学級〉はモデル・ケースとしてアメリカ、日本の〈精神薄弱児〉教育にも多大な影響を与えた。

【1900〜1910年代】
 1900年にスウェーデンの女性思想家エレン・ケイが『児童の世紀』という著作を発表し、子どもの権利という考え方が同時代の先進国に広く普及し、〈障害児〉教育にも影響を与えた。ケイは〈精神薄弱児〉に対しても手厚い教育が必要であることを認めたが、優生学運動の担い手でもあったため、心身に遺伝的負荷を抱える男女が子どもを産むことは自主的に断念することを主張した。その結果、20世紀初頭の〈精神薄弱児〉教育は優生学者、あるいは優生学運動の担い手が、〈精神薄弱児〉教育に深く関与する、あるいは理論的な支柱といった事態が生じた。そして、同時代優生学が残した遺産が知能検査に代表される〈測定に基づく教育〉であった。

 ロンブローゾ直系の弟子であった精神科医マリア・モンテッソーリ(イタリア)は優生学の支持者だったが、〈精神薄弱児〉は先天的であり教育不能としたロンブローゾの説を修正し、〈精神薄弱児〉は劣悪な衛生環境により後天的に発生した疾患なので教育可能とした。その上で身体計測と衛生環境を重視した教育実践を行い、後世に大きな影響を与えた。

 アメリカでは1910年代以降、フランスのビネーが発明した知能検査の英語版がヘンリー・ゴダード、ルイス・ターマンら優生学者たちによって開発され、普通学級の〈精神薄弱児〉を特定する方法として広く採用された。両者とも〈精神薄弱児〉は将来的に子孫を残せないように施設に収容することを主張した点では一致していた。しかし、〈精神薄弱児〉への教育の必要性を認めなかったターマンに対して、ゴダードは〈精神薄弱児〉を有用な労働力として教育することを主張し、第一次世界大戦後の〈精神薄弱児〉教育の国際的権威と見なされることになった。

 知能検査は第一次世界大戦中に学校教育以外の目的でも利用されるようになった。やはり優生学者だったロバート・ヤーキーズは陸軍新兵の適性把握を目的に陸軍の許可を受けて、大がかりな集団式知能検査を実施した。検査に関する報告書では、人種ごとの比較検討も行われたが、平均的なアングロサクソン人兵士の精神年齢が13歳程度で、多人種はさらに低くなるという衝撃的な結果が示されていた。実際には英語、アメリカ文化に習熟していない新兵に不利な結果が出ただけだったが、人種改良学の知見に基づき、移民の中に〈精神薄弱者〉が多く生まれていると解釈された。この結果に基づき、1920年代には移民入国制限法が試行され、アメリカへの移住を希望する移民には知能検査が実施されることになった。

【1920〜1930年】
 第一次優生学運動が退潮し、研究者、教育者たちの関心は、〈精神薄弱〉とは言えないが、学級運営に支障があるとされる〈不均衡〉な生徒に向かった。

 ドイツでは、クルト・シュナイダーがそれまでくずかご診断となっていた〈精神病質〉を便宜的に分類した。また、シュナイダーは〈精神病質〉と診断されるのは先天的な患者に限定することを提唱し、児童臨床の議論にも大きな影響を与えた。一方、シュナイダーは1920年代から影響を持ち始めた民族衛生学(ドイツの優生学)に危機感を持ち、〈精神病質児〉の予後は分からないと繰り返し表明していた。シュナイダーの懸念は民族衛生学の政策化を目指したナチス政権の誕生後に現実のものとなり、シュナイダーは軍医となることで、民族衛生政策への関与を逃れた。

 また、第一次世界大戦中から銃創が脳を貫通した脳損傷兵士の研究が進んだが、クルト・ゴールドシュタインは脳損傷兵士に生じた情動の異常に注目した。ゴールドシュタインからも指導を受けたアルフレッド・シュトラウスは例えば多動、注意持続の困難、かんしゃくを起こす子どもにも同様の脳損傷があるのではないかと考えるようになり、第二次世界大戦後に亡命先のアメリカで〈脳障害〉概念を提唱するに至った。

 情動については、1930年代のアメリカでも強く関心が持たれていた。この時期に大人の精神医学の世界でロボトミー手術が実施されるようになったこと、1937年に行動に異常を持つとされた子どもに対して中枢刺激剤リタリンの試験的な投与が行われたのも、アメリカ精神医学が患者の情動統御に強い関心を抱き始めたことと無縁ではないだろう。

 一方、1930年代に知能の〈不均衡〉についての関心が高まった。イギリスのチャールズ・スピアマンの知能観に従えば、知能(あるいは才能)はあらゆる方向に応用が可能であり、学力は職業能力はどのような分野であれ、知能の高さが反映されることになる。しかし、スピアマンの知能観ではいわゆる「専門馬鹿」タイプの学者、運動選手の能力の〈不均衡さ〉はうまく説明できない。それに対して、ライオネル・レオン・サーストンは知能の多因子説を唱え、知能の不均衡さは特に矛盾なく説明できることを主張し、スピアマンとの間で激しい論争を展開した。1938年にディビッド・ウェクスラーが開発した知能検査は、どちらかと言えばスピアマンの知能観にもとづいて開発されたが、皮肉なことにウェクスラー式知能検査は知能に不均衡を抱える人々の特定に活用されるようになった。

【1940〜1950年代】
 戦時中はアメリカとオーストリアで2つの〈自閉症〉が提唱されたことが注目に値する。

 アメリカでは、児童精神医学の体系者であるレオ・カナーが1943年に事例報告論文を発表し、〈幼児自閉症〉の状態像を厳密に描写した。ドイツでは20世紀前半から小児期に発症する〈精神分裂病〉の存在が指摘されており、カナーは1930年代から〈精神分裂症〉の中でも〈自閉〉症状によく似た症状を示す子どもに注目した研究を続けていた。結果的にこの子どもたちは〈精神分裂症〉ではないとされ、後に〈幼児自閉症〉と命名された。孤立した対人接触、常同行動を重視したカナーの観察には多くの児童臨床家が敬意を払ったが、要因論については混迷を極めた。カナーは最初の論文では〈幼児自閉症〉は先天的と推測したが、同時にその家族は優秀だが、温かみに欠け、強迫的だと記述したためである。さらに戦後のカナーが精神分析における母子関係理論の影響を受け、家族の問題を強調しはじめたことも、事態を複雑にした。要因論を巡る混乱は、1970年代まで尾を引くことになった。

 ナチス占領下のオーストリアにおいて、小児科医で治療教育学の支持者であったハンス・アスペルガーは1944年に自らが関わっていた対人接触が奇妙な子どもたちの事例を論文にまとめ、〈自閉的精神病質〉という概念を提唱した。〈精神病質〉という名前からも分かるように、アスペルガーはこの子どもたちをシュナイダーの〈精神病質〉に新たにつけ加えるべき一類型と捉えていた。第二次世界大戦中のドイツの戦局の悪化に伴い、オーストリアでも口減らしのため、心身の遺伝的疾患を持つとされる〈障害児・者〉の安楽死が度々実施され、犠牲者は20万人を超えると推定されている。1943年以降は〈精神病質者〉も〈反社会分子〉として安楽死の対象となる危険性があった。アスペルガーは〈自閉的精神病質〉の子どもと〈天才〉の連続性を強調することにより、自らの患者が安楽死の対象となることを防ごうとした。一方で、その根拠にロンブローゾやエルンスト・クレッチマーの〈天才〉論という優生学内部の議論を持ち込まなければならなかった点で、限界も指摘される。

 一方、戦後になると脳損傷研究から出発したアルフレッド・シュトラウスが自らが勤務する寄宿制学校での研究、教育実践に基づき、〈脳障害〉概念を提唱した。彼によれば何らかの理由で目に見えにくい脳損傷を負った子どもは知覚が変化し、体験、認知に歪みが生じ、多動、注意持続の困難、行動抑制の困難などの行動の異常を示すとされた。もっとも、脳損傷に関する医学的根拠を示すことができなかったため、シュトラウスの研究は実験心理学的な脳の働きの解明に向かった。〈脳障害〉概念への批判は強かったとは言え、シュトラウスを現在の〈学習障害〉〈注意欠陥・多動性障害〉支援の原型を作った先駆者と評価する声は高い。〈脳障害〉概念に対する家族受けが悪いという課題は1960年代に引き継がれることになった。

【1960〜70年代】
 〈脳障害〉概念については、脳損傷の医学的根拠が提示できない、家族、周囲の人々に不安や偏見を与えやすい、シュトラウス以後概念が拡張しすぎてくずかご診断になっている、類似する概念が多すぎるという議論が根強く残った。類似する概念が多すぎるという点については1966年の第三者委員会で〈微細脳機能症候群〉という統一表記が提案され、解決が図られたが、それ以外の課題は残された。

 一方、1963年に特殊教育学における〈不均衡理論〉で名高いサミュエル・アレクサンダー・カークは〈精神薄弱〉や〈脳障害〉概念が名称だけでは支援の手がかりを与えてくれないことを批判し、知的な発達の遅れはないが、読み書き計算、話し言葉などの習得に困難を示す子どもたちを〈学習障害〉という概念で表現することを提案した。カークの提案は1950年代以降行政機関にも大きな影響を与えるようになった障害児家族会に対して強い刺激を与えた。アメリカ学習障害児協会が設立され、アメリカ全土で子どもに対する適切な学校教育を求める親の運動が活発化した。

 〈学習障害〉も〈微細脳機能症候群〉と同様、大風呂敷な概念であり、学力、話し言葉、社会性、行動、運動面の習得と使用の困難全般を扱った点では一致している。両者の違いは〈微細脳機能障害〉が医学的概念で行動面の異常を中核に置くのに対して、〈学習障害〉が心理神経的概念で学習面の習得と使用に困難を中核に置くという点だけだった。両者は1980年ごろまで並立したが、最終的には家族会の指示が高い〈学習障害〉概念が生き残ることになった。医学的診断ではないが、〈障害〉概念のカテゴリーに家族会が強い影響力を与えたという点で〈学習障害〉概念は重要なテーマを孕んでいる。

 〈幼児自閉症〉に関しては1960年代まで母子関係理論の影響を受けて、家族の不適切な養育を原因という説が精神分析家を中心に強かった。〈自閉症児〉の母親は〈冷蔵庫マザー〉と呼ばれ、多くの〈自閉症児〉家族が精神的にも追い詰められていった。1965年にアメリカ自閉症協会を設立した〈自閉症児〉の親であり心理学者であったバーナード・リムランドは示唆的根拠として〈自閉症〉の生物基盤異常説を主張した。彼の示唆的根拠の中には自閉症重金属原因説、ワクチン原因説、人種改良学に基づく遺伝説など現在では省みられない説も少なくないのだが、同時代の家族から支持を集め、アメリカ自閉症協会の組織化に成功した。家族会が共通の敵として認識したのは、家族会設立後も〈冷蔵庫マザー〉を強硬に主張し続けた精神分析家ブルーノ・ベッテルハイムであった。

 1970年代に入ると、自閉症研究の世界ではイギリスのマイケル・ラター、ローナ・ウィング、アメリカのエリック・ショプラーのように自閉症の先天障害説、行動療法を重視した治療を唱える専門家が台頭した。特に自らが〈自閉症児〉の親でありイギリス自閉症協会の設立者の1人だったローナ・ウィング、治療において家族との連携を重視した行動療法家エリック・ショプラーは、家族を共同治療者と位置づけ、現在の〈自閉症〉支援の源流を作った。もっとも共同治療者(専門家と家族)によって家族を不幸にする要因と捉えられ、一方的に治療される対象とされた当事者の位置づけについては、今なお残された問題がある。

【1980年代】
 アメリカにおいて精神医学全体の精神科医ごと、国ごとの診断の一致率の悪さが問題となり、1980年にアメリカ精神医学会が診断ガイドラインの作成に着手した(DSM−V)。DSM−Vでは生物学的精神医学の傾向が強くなるとともに、診断の再編成がなされてた。大風呂敷な〈微細脳機能症候群〉は〈注意欠陥・多動性症候群〉
〈特異的な発達障害〉に分割され、1987年には医学の世界から姿を消した。〈心理神経的学習障害〉は医学的診断ではないが、1981年の連邦合同協議会の定義ではアカデミック・スキルに限定した定義に変更された。

 イギリスではマイケル・ラター、ローナ・ウィングらがDSMには批判的であったため、直接的な影響を受けてはいないが、ラターは70年代にWHOの作成したICDの統計分類を基に患者の児童期の状態を重視した独自の診断ガイドラインを作成した。また、カナーの自閉症定義が厳密に利用されていたため、カナーの定義には厳密に一致しない当事者が公的支援につながることができないことを憂慮したローナ・ウィングはハンス・アスペルガーの〈自閉的精神病質〉概念を利用して、〈自閉症〉の連続体概念を作り出し、公的支援の範囲を拡張しようとした。〈自閉症〉の連続体は1990年代に〈自閉症スペクトラム障害〉として編成されることになった。

【全体のまとめ】
 19世紀後半の〈変質者〉概念から現在の〈神経的発達障害〉概念に至るまで、〈普通の人〉と外見は同じだが、〈われわれ〉(当然、わたしは含まれていない)とは異なる生物的基盤を持つ他者(以下〈生物学的逸脱者〉と略す)の存在が絶えず議論の対象になっていたことが分かる。そして、一番最初に述べた通り、この傾向は19世紀における産業の近代化、軍隊の近代化、学校義務教育の確立とともに発生している。そして、〈生物学的逸脱者〉たちは精神医学、心理学によって発見され、編成され、、解釈され、治療、矯正、教育の対象として位置づけられるようになったのである。

 別に現在で言う〈発達障害者〉に該当するような人々が19世紀以前にはいなかったと言っているのではない。16世紀の魔女がキリスト教徒によって〈われわれとは異なる生物的基盤を持つ他者〉と見なされていたように、〈生物的逸脱者〉はどのような時代、集団にも絶えず生産されてきた。近代以前の日本の狐つきの家系などもその一例だろう。19世紀後半の社会に特徴的なのは、あくまで〈生物的逸脱者〉が医学的、心理学的に解釈され、治療の対象と見なされるようになったというその一点のみなのである。

 社会は絶えず治療すべき〈生物的逸脱者〉を生産する。学校、職場に適応できなかった者を医学的、心理学的に解釈し医療の領域に位置づけ、教育、訓練、治療することによってしか近代以降の社会は成り立たなくなっているのである。

 次回はいよいよ最終章である。考察中はあまり触れなかったが、今回の考察に多大な影響を与えているミシェル・フーコーの権力論からは何が言えるのか、度々言及してきた〈優生学〉と〈発達障害〉の関係をどう捉えていくのかが最後のテーマになる。

【参考文献】
※今回は特に新たな文献は追加しなかった。これまで扱ったテキスト全てが参考文献である。

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