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プロフィール
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(まとめ)<劇場>の風景
劇場アプローチにおいて重要な論者としては、他にフランスの文化人類学者ジョルジュ・バランディエがいる。劇場支配性というテーマに取り組み、民主主義もまた劇場支配の一形態であることを示した人物だ。しかし、バランディエについては、すでにこのブログで何度か取り上げているので、今回は割愛したい。 ...続きを見る |
2009/11/08 01:09 |
第5回JDDネット年次大会のお知らせ
こうもりです。だんだん寒くなってきたせいか、低空飛行になっています。それはさておき、わたしにとっては今年最大のイベントになりそうなJDDネット年次大会の予定がはっきりしはじめました。12月13日には確実に出没していると思われます。 ...続きを見る |
2009/10/24 14:53 |
演技・統制・劇場(7) 小坂井敏晶 同化も異化も演出を必要とするA
(前回書いてからずいぶん時間が空いてしまいましたの。反省) ...続きを見る |
2009/10/17 18:21 |
学会発表のお知らせ
こうもりでごわす。ついに趣味が高じて、9月26日〜27日の障害学会で発達障害と貧困という発表をしてみることにしました。ぱちぱちぱちぱち ...続きを見る |
2009/09/17 20:10 |
演技・統制・劇場(6) 小坂井敏晶@ 同化も異化も演出を必要とする
障害者が演技を行う場合は大きく分けて2つある。1つは自らの障害や困難をカモフラージュするためであり、主に差異を消し去ること(同化戦略)が目的となる。もう1つはその逆でむしろ差異を強調することを目的に行われる演技(異化戦略)である。考えてみると、ゴッフマンの『スティグマの社会学』は障害者は差異を隠すように行動するというのが前提になっており、むしろ異化していく場合があるということを視野には入れていなかった。 ...続きを見る |
2009/08/09 01:54 |
講演追加情報
こうもりです。去年あちこちの講演で炸裂弾をぶちかましてきたので、もうそんなにたくさんは講演や執筆を頼まれないだろうと油断していたら、けっこう増えてきちゃっています。講演,執筆,取材が・・・。わしゃあ早く世捨て人になりたいだよ。 ...続きを見る |
2009/07/20 15:46 |
ちょっとくたびれたので近況報告
こうもりです。 ...続きを見る |
2009/07/05 15:22 |
演技・統制・劇場(5) アリー・R・ホックシールド 立ち振る舞いから感情の管理へ
今回の話は前回のゴッフマンの続きと考えていただいてもよい。ゴッフマンの理論の独特な部分は、もちろん「誠実さにも演技が必要とされる」と述べていたことにある。しかし、当然のことながら「嘘にも演技が必要とされる」ということは忘れてはならない。特に接客業においては、顧客の態度に不快さを感じていても、それを取り繕うスキルが必要される。プラトンの観劇民主制の特色と言えば、「お客様は神様」であり、絶対に逆らってはいけないのだ。 ...続きを見る |
2009/06/20 16:42 |
演技・統制・劇場(4) アーヴィング・ゴッフマン 逸脱者の演技世界
今まで孔子,プラトンと古代の歴史的人物を取り上げていたので、ここでいきなり20世紀の社会学者ゴッフマン(アーヴィング・ゴッフマン)の話を持ってくるのは唐突と思われるかもしれない。 ...続きを見る |
2009/06/13 23:14 |
演技・統制・劇場(3) プラトン 統治と劇場
古代ギリシアの哲学者プラトン(BC427〜347年)については2006年ごろにこのブログでも集中的に取りあげたことがある。ソクラテスの弟子であり、ソクラテスの刑死後はソクラテスに仮託した哲学対話集を多数著した哲学者として歴史に名を残している。以前扱った際には特に教育哲学者という側面に焦点を当てて論じていたが、今回は劇場支配の哲学者という側面に焦点をあてて、論じてみたいと思う。 ...続きを見る |
2009/06/08 10:02 |
演技・統制・劇場(2) 儒教 ―道徳は立ち振る舞いを必要とする―
それでは劇場アプローチの歴史を見ていこう。まずは中国の儒教を取り上げる。 ...続きを見る |
2009/05/31 17:03 |
こうもりが飛ぶ夏の講演
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2009/05/23 09:14 |
演技・統制・劇場(1) 劇場アプローチ
まず最初にお断りしておかなければならない。前回まではアブーノーマライゼーションの原点となるような考察をしてきたが、今回のテーマはアブノーマライゼーションからはかなり観点も前提とする価値観も異なっている。従って、アブノーマライゼーションとは理論整合しない部分があるが、はじめからそういう読み物として読んでいただければ幸甚である。 ...続きを見る |
2009/05/16 09:10 |
アブノーマライゼーション序章(12) 親殺しとしてのアブノーマライゼーション
アブノーマライゼーション序章は文字通り序章であり、何らかの解決策を出すことは目的としていない。従って結論というものはないのだが、これまでわたしが語ってきたことをおさらいしておこう。 ...続きを見る |
2009/05/03 10:41 |
アブノーマライゼーション序章(11) 社会参加の罠
「人間らしさ」の実現を目指す支援理念の問題点をアブノーマライゼーションの観点から語ってきた。今回は問題提起の一番最後となる「社会参加」について問題提起を行いたい。この問題提起が終わった後は、まとめとアブノーマライゼーションが目指す道について抽象的ながら結論をつけておきたい。現実的な対案や提案も行ってほしいというご意見もあるとは思うが、それはアブノーマライゼーションの目指す道ではない(むしろ、人間らしさの実現ではない何らかの救いとなるような理念があって然るべきというまなざし自体が、「人間らしさ」の... ...続きを見る |
2009/04/26 18:01 |
アブノーマライゼーション序章(10) 理解の罠
よく他の当事者や支援関係者から言われることがある。 ...続きを見る |
2009/04/11 07:12 |
アブノーマライゼーション序章(9) 生と死を管理するテクノロジー
支援科学およびその研究が応用される支援制度に関する考察をはじめたい。 ...続きを見る |
2009/04/03 20:20 |
アブノーマライゼーション序章(8) 人間らしい生活
前回は、主にWHOで理念として掲げられる「人間としてふさわしい健康」,「人間としてふさわしい機能」について論じた。併せて、これらの理念は例えば障害者運動などの観点から見ても十分問題があるということも指摘した。 ...続きを見る |
2009/03/29 12:19 |
アブノーマライゼーション序章(7) 「人間」にふさわしい「健康」と「機能」
前回は特定の支援理念に限定せず、支援理念の道徳化を問題にしてきた。ここからは様々な支援科学の持つ支援理念を検討していこう。今回は医療およびリハビリテーションが掲げる理念の批判的検討を行う。特にWHO(世界健康機関)の「健康」および「リハビリテーション」が扱われることになる。 ...続きを見る |
2009/03/22 19:42 |
アブノーマライゼーション序章(6) 支援理念の道徳化
ノーマライゼーション,インクルージョン,ユニヴァーサル社会,人間の安全保障など「人間らしさの実現」を目指す理念を批判的に検討する場合2つの切り口がある。1つはこれらの理念の内容を吟味することであり、もう1つはなぜこれらの理念が至高の価値として崇め奉られているのかを吟味することである。まずは後者の検討から入ってみよう。 ...続きを見る |
2009/03/07 12:24 |