グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論

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zoom RSS 社会は逸脱者を必要とする(21) 〈冷蔵庫マザー〉と〈優秀な家族〉 1960年代の自閉論争

<<   作成日時 : 2014/11/30 19:50   >>

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 新たな集団が発生する時、その集団には多くの場合〈建国神話〉が発生する。〈神話〉は、以下のような筋書きになる場合が多い。

@ある属性を持つ人々が長期間に渡って、迫害(例えば、隔離、監禁、排除、狩り、偏見など)にさらされていた。
A迫害されていた人々の中から英雄が現れ、人々の先頭に立って迫害者たちと戦った。
B戦いの末、迫害されていた人々は迫害者を駆逐することに成功し、現在の暮らしがある。

 誤解がないように言っておくと、〈神話〉は常に嘘が語られている訳ではない。しかし、迫害された側の記憶によって作られた神話である以上、そこには時に自己正当化や加工が紛れ込むことがある。

 アメリカの〈自閉症児・者〉の家族会においても、非常に単純化された〈神話〉がある。自閉症の母親を適切な養育のできない〈冷蔵庫マザー〉と表現し好奇の目にさらした精神分析学者ブルーノ・ベッテルハイム(1903-1990)に対して、1960年代に〈自閉症児〉の親だった心理学者バーナード・リムランド(1928 - 2006)が抗議の声を上げ、仲間たちとアメリカ自閉症協会を設立した。そして、1970年代に入るとイギリスの児童精神科医マイケル・ラター(1933-)、ローナ・ウィング(1928 - 2014)、そしてアメリカの心理学者エリック・ショプラ-(1928-2006)らが家族たちの活動を支持し、家族との連携を重視した支援プログラムを推進した。その結果、〈冷蔵庫マザー〉説は撤回され、〈自閉症児〉の親たちに対する偏見は取り除かれた、というのが〈神話〉の筋書きである。

 神話の中で語られている事実自体に大きな間違いがある訳ではない。しかしこの神話の情報源がアメリカ、イギリスの〈自閉症児・者〉の家族会か、ベッテルハイムの直弟子にして親殺しを敢行した故ショプラーであったことは注目されてもよい。今回は〈神話〉と少し距離を置きながら、1960年代の自閉症の要因を巡る論争を考察していきたいと思う。

(1)精神分析学の参入

 本題に入る前に、なぜ精神分析家が自閉症の要因を巡る議論に参入したのかを明らかにしておこう。

 精神分析学の祖は言うまでもなくジークムント・フロイト(1856 - 1939)である。フロイトは大人の神経症患者の治療を行う過程で、患者の生育史を辿り、幼児期の体験に注目したが、フロイト自身が児童臨床に深く関与した形跡はない。精神分析の児童臨床への応用は、主にフロイトの後継者となった娘のアンナ・フロイト(1895 - 1982)、あるいはメラニー・クライン(1882 - 1960)らによって進められた。

 1938年にナチスがオーストリアを占領すると、オーストリア在住のユダヤ系精神分析家たちは、フロイトを含めてイギリスやアメリカなど英語圏に亡命した。著名なユダヤ系精神分析家のアメリカ移住により、1940年代以降のアメリカは精神分析学の一大拠点となった。亡命したユダヤ系精神分析家の中にはエーリッヒ・フロム(1900-1980)のように全体主義への抵抗言説で知られる人物もおり、戦時下のアメリカにおいて、精神分析学は好意的に受容された。

 第二次世界大戦後、精神分析家たちの関心は母子関係に向かった。特に戦場となったヨーロッパでは、子どもの疎開による家族との長期分離、戦災孤児の大量発生が問題になっていたためである。戦災孤児たちは孤児院や里親のもとで養育されることになったが、他の子どもに比べて発達の遅れ、心身の疾患、情緒的な不安定さのリスクが報告されていた。この問題は1948年に国連の社会委員会第3回大会でも取り上げられ、世界保健機構(WHO)はイギリスの精神分析家ジョン・ボウルビィー(1907-1990)に調査を依頼した。

 ボウルビィーの調査結果は1951年に『乳幼児の精神衛生』という報告書にまとめられ、WHOから出版された。報告書の中でボウルビィーは母親、あるいは永続的母親代理者との離別、喪失が与える影響が重大であり、孤児の心身の健康、発達、情緒に長期的な影響を与えることを指摘した。いわゆる〈母親剥奪理論〉である。

 〈母親剥奪理論〉はWHOを通じて広く世界に知られるようになり、その後20年もの間、児童精神医学界の流行となった。しかし、同時に母子関係理論の濫用も問題視された。〈自閉症〉研究の理論的支柱となったマイケル・ラターは、1972年の段階で孤児の心身の健康、発達のリスクは劣悪な施設環境、頻繁な養育者の交替、子どもの生まれつきの生物的基盤など様々な要因によって引き起こされるのに、〈母親剥奪理論〉では母親の喪失だけで要因を説明しているという点を問題化し、理論の発展的解消を主張していた。

 また、ボウルビィー自身が疎開児童、戦災孤児のみならず、実の親から適切な養育を受けられなかった子どもに言及したため、〈母親剥奪理論〉は情緒障害児教育の世界でも注目を集めることになった。そして、1949年以降の論文でカナーが〈自閉症〉の親たちの養育の問題を強調しはじめると、アメリカへの亡命後、情緒障害児研究で知られるようになったベッテルハイムも〈自閉症〉の議論に深く関わるようになったのである。

(2)リムランドと〈優秀な家族〉

 バーナード・リムランドは自閉症児の親であるとともに、実験心理学の研究者(1953年に博士号取得)という顔を持っていた。1965年にアメリカ自閉症協会を設立し、親たちの組織化を行い、1967年にはアメリカ自閉症研究協会(ARI)を設立し、研究情報の収集を行った。

 運動家としてのリムランドはアメリカ自閉症協会を通じて、自閉症の要因についてカナーが提唱し、ベッテルハイムが強調した〈冷蔵庫マザー〉説に強硬な異議申し立てを行った。前回紹介したカナーによる〈冷蔵庫マザー〉説撤回はアメリカ自閉症協会の圧力によるところが大きい。

 しかし、研究者としてのリムランドは冷静さに欠けており、論敵のベッテルハイムと同様、〈自閉症〉の要因に関する示唆的根拠を十分な検証を行わずに紹介し、混乱を招くことがしばしばあった。現在では科学的根拠がないとされる自閉症の重金属原因説(水銀説も含む)、予防接種原因説を、アメリカ自閉症研究会を通じて広く流布したのが他ならぬリムランドであった。

 1960年代の〈自閉症児〉の親たちのバイブルとされた著書『幼児自閉症』を執筆した時期は脳科学に強い関心を抱いていたらしく、あくまで推論と断った上で〈自閉症〉の要因を高酸素症による網様体損傷説を提唱した。網様体とは、脳幹の背側部分に散在する構造物であり、感覚の情報伝達、呼吸・心拍数・血圧の調整、覚醒と睡眠の調節などの機能に関わっている。リムランドによれば〈自閉症児〉が示す感覚過敏、身体感覚も網様体の異常によって説明できるとされる。 網様体損傷説自体はその後も実証された訳ではないし、脳研究者ではないリムランドに実証は不可能だったが、自閉症脳機能障害説への先駆的な注目という意味では若干評価されることがある。

 では、リムランドは〈自閉症児〉の親たちをどのように記述したのだろうか。前回述べたようにカナーは〈自閉症児〉の家族を優秀だが、強迫的かつ形式的で温かみに欠ける場合が多いと記述していた。リムランドは優秀だという部分だけを徹底的に強調したのである。

 リムランドの家系調査によれば〈自閉症児〉は

@第一子が多い
A男児が多い
Bユダヤ人の子どもに出現率が高い
C両親は専門的管理的職業が多い
D家族には精神疾患の発生率が非常に低い
E傑出した親戚が多い
F外見が魅惑的である

といった特徴が広く見られる。そして、この特徴は優生学者でビネー・スタンフォード式知能検査の開発者であるルイス・マディン・ターマンの見解に基づき、優れた才能を持った子どもたちの家庭背景に合致するとした。つまり、ここでリムランドが言いたいことを要約すると、〈自閉症児〉には血筋のよく優秀なユダヤ人家庭の出身者が多いということになる。

 では、リムランドの説ではDはどうなってしまうのだろうか。遺伝的精神疾患の少ない血筋のよい家庭から、なぜ先天性であることが疑われる重度の〈自閉症児〉が生まれるのだろうか。リムランドはここでも示唆的根拠としながら、知能の逆説性を主張した。優秀な人種、家系出身の両親同士が交配すると逆説的に重度の遺伝的障害児が生まれやすいという説である。リムランドはこの説を主張するためにイギリス優生学の祖フランシス・ゴルトンの説を引用している。

 優生学に詳しい読者であれば、リムランドの説が20世紀初頭の人種改良学に酷似していることがわかるだろう。人種改良学ではアングロサクソン人の優秀性と他人種の劣等性が強調されたが、リムランドの説ではユダヤ人の優秀性が強調されている。違いはそれだけである。

 もちろん、リムランドと同世代の親たちは優生学運動の影響が強い時期に多感な青年期であったため、容易に価値観を変えることはできなかったという事情もあったのだろう。彼女/彼らにとって、遺伝的疾患を持つ子どもが生まれることも、〈冷蔵庫マザー〉と汚名を着せられることも不名誉なことであった。リムランドの発言も家族たちの気持ちに配慮した可能性は否定しきれない。しかし、汚名を返上しようとすればするほど、リムランドの主張は人種改良学を20世紀後半に甦らせてしまうという悪循環を招いてしまった。

 ドイツ・オーストリアから亡命してきたユダヤ系臨床家にとって、ナチスによるユダヤ人虐殺、障害者安楽死はまだ生々しい出来事であった。臨床家たちがドイツ・オーストリアで暮らしていた時代に親しかった人々も多数強制収容所で殺害された。アメリカへの亡命を希望したユダヤ系ドイツ人、オーストリア人の中にも人種改良学に基づき施行された移民制限法により、本国に送還された者が少なからずいた。自らの患者を障害者安楽死作戦で失った臨床家もいた。戦後、彼女/彼らが遺伝という話題を避けてきたこと、距離を置いてきたことにリムランドはあまりにも鈍感であった。

 この点に関して論敵のベッテルハイムは「最初の段階でカナーのもとに子どもを受診させた親の中に専門職・知識人が多かっただけで、〈自閉症児〉の親全体が高学歴・専門職だった訳ではない」と見方によってはまともな主張を展開していた。さすがにリムランド説はエリック・ショプラーによっても撤回され、「〈自閉症児〉の親は普通の親である」という結論に落ち着いた。

(3)ベッテルハイムと〈冷蔵庫マザー〉

 様々な運動体が設立される時、運動体は〈共通の敵〉を作りだし、結束を固めていくことがある。アメリカの〈自閉症児〉親の会にとってブルーノ・ベッテルハイムは結束を固めるための〈共通の敵〉であった。

 ベッテルハイムについては以前一度だけ取り上げたことがあったが、だいぶ時間も経過したので、おさらいをしておこう。オーストリアのウィーンに生まれ、大学では哲学を学んだ。精神分析の資格を取った痕跡はなく、資格詐称の疑いもかけられている。

 1938年にオーストリアがナチス・ドイツに併合されると、ユダヤ系だったベッテルハイムは強制収容所に収容された。1939年に奇跡的に収容所から出所しアメリカに亡命することができたが、出所した時点では重い〈躁うつ病〉を患い、1990年に自殺するまで治癒することはなかった。アメリカではシカゴ大学付属ソニア・シャンクマン養護学校で、家族による不適切な養育を受けたとされる情緒障害児の教育に従事した。養護学校でのベッテルハイムには生徒に対する暴言、身体的虐待も見られたと言われるが、ベッテルハイムとショプラ-との抗争の中で持ち上がった話なので、真偽のほどは定かではない。

 ベッテルハイムの〈自閉症〉観について触れておこう。彼の精神分析は母子関係理論の影響は受けているが、かなり独特のものだった。自らの強制収容所体験から環境の持つ圧倒的な力を思い知り、家族から不適切な養育を受けたとされる子どもたちの境遇に重ね合わせた。自らに対する批判に応答する形で出版された『自閉症 うつろな砦』でも、強制収容所収容の後遺症に苦しむ〈情緒障害児〉と〈自閉症児〉を同一視するような記述が見られた。

 ベッテルハイムが事例として紹介した親、とりわけ母親は人生に欲求不満を抱え、子どもを育てる準備ができていなかった親として記述された。この点は、同じ〈冷蔵庫マザー〉説を唱えたカナーが記述した家族像とも異なっている。ベッテルハイムは〈自閉症児〉をハリー・ハーロウがアカゲザルの実験で用いた針金の代理母に喩えた。ハーロウの実験では毛布の代理母と針金の代理母が用意され、生まれたばかりのアカゲザルがどちらに愛着を示すのか実験が行われていた。ハーロウの実験の意図は肌触りや暖かさが愛着形成にどのように影響するのかを明らかにすることであり、情緒的に不安定な親が子どもにどのような影響を与えるのかを明らかにしようとした訳ではない。しかし、ベッテルハイムは情緒不安定な親も針金の代理母と同じような影響を及ぼすと強引に結論づけた。母子関係理論の視点から見ても、彼の根拠の提示の仕方には科学的な問題があった。

 1968年にカナーが〈冷蔵庫マザー〉説を撤回した後も、ベッテルハイムは〈冷蔵庫マザー〉説を堅持し続け、〈自閉症児〉を母親と切り離して教育することの重要性を説き続けた。家族たちが〈自閉症児〉の引き取りを希望することに対しては治療の妨害と見なし、引き取られた〈自閉症児〉の予後が悪かったことをほのめかしている。不適切な養育をするとされた親たちから子どもを守ってやることこそが、ベッテルハイムの使命感だった。

 もちろん、ベッテルハイム説は科学的に見ても素人が発見できるような弱点があったのは事実である。しかし、彼の破綻の最大の弱点は、〈冷蔵庫マザー〉説を前面に押し出すことによって、家族との協力関係の道を閉ざし、敵対関係を作ってしまったことだろう。カナーは1959年版の『児童精神医学』で〈強迫的な親〉について記述したが、同時に治療場面で親の問題を強調しすぎることは、治療関係の維持に好ましくないことも指摘していた。〈冷蔵庫マザー〉説はじっさいの親の状態がどうであれ、治療関係を破壊してしまうという意味で臨床家が強調するのは危険な説だったのである。

 そして、この視点からベッテルハイムとショプラーの臨床活動のあり方を比較してみると、70年代以降の〈自閉症〉の専門家たちと家族の関係のあり方の変容は明らかになってくる。次回は特にショプラーに焦点を当てながら、新しい関係のあり方を考察していきたい。

【参考文献】

Bowlby,John,1951,Maternal Care And Mental Health, Genève,World Health Organization(=1967,黒田 実郎訳『乳幼児の精神衛生』,岩崎学術出版社)
Rutter,Michael,1972,Maternal Deprivation Reassessed,Middlesex,Allen Lane,The penguin Press(=北見 芳雄・佐藤 紀子・辻 祥子訳,『母親剥奪理論の功罪 マターナル・デプリベーションの再検討』,誠信書房)
Rimlamd,Bernard,1964,Infantile Autism,London,Jessica Kingsley Pub(=1980,熊代 永・星野 仁彦・安藤 ひろ子訳,『小児自閉症』,海鳴社)
Bettelheim,Bruno,1967,The empty Fortress-Infantile Autism and the Birth of the Self,New York,The Free Press
(=1973,黒丸 正四郎・岡田 幸夫・花田 雅憲・島田 照三訳,『自閉症 うつろな砦』1、2,みすず書房)

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