グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論

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zoom RSS 社会は逸脱者を必要とする(18) 源流としての〈脳障害児〉

<<   作成日時 : 2014/10/11 20:38   >>

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(PC故障のため、投稿がえらく遅れてしもうた。ここからは気合を入れて執筆を進めていくぞ〜)

 前回はADHD前史として非行臨床の変遷を概観してきた。その後1957年にはモーリスW.ラウファーとその研究協力者によって〈多動症的衝動障害〉の記述を行い、1961年には子どもに対する中枢刺激剤メチルフェニレード(リタリン)がアメリカ合衆国のFDA(食品医薬品局)により許可された。この時期に現在のADHD支援の原型が完成したと考えられる。

 しかし、それ以前の段階で、その後のADHD支援、〈微細脳損傷〉〈微細脳機能障害〉支援、そして自閉症スペクトラム障害以外の発達障害支援の源流となった人物がいる。〈脳障害〉概念の提唱者アルフレッドA・シュトラウス(1897〜1957)である。

 〈脳障害〉概念もそこから派生した〈微細脳損傷〉、〈微細脳機能障害〉概念も現在では死語になっている。脳損傷、脳機能障害という名称を使用しながら、明確な脳の損傷、機能不全を発見することができなかったこと、〈脳損傷〉という言葉が当事者の家族に不安と混乱を与えてしまったというのがその理由である。

 しかし、〈発達障害〉概念ではなぜ原因として脳機能障害(現在は中枢神経の障害という言い方がなされることが多い)を想定しているのかということを考えた時、シュトラウスは今なお〈発達障害〉支援の源流となる知の体系を築いた人物と言える。

さらに、シュトラウス教育法の〈広告塔〉として活躍した科学ジャーナリストであり、脳障害児親の会の重鎮であったリチャードA・レーヴィスの事績は、専門家と家族会の関係の変化を考える上でも重要である。

 今回はまずシュトラウスの〈脳障害児〉概念を概観しておこう。レーヴィスの事績については次回紹介することにしたい。

(1)〈脳障害児〉概念

 シュトラウスは、器質論的精神医学の影響が強いドイツ出身の精神神経科医であった。1922年にハイデルベルグ大学で医学博士号を取得した後、同大学で精神神経医学の特別指導を受けた。その時期に第一次世界大戦時に脳損傷兵士の研究で脚光を集めたクルト・ゴールドシュタインの教えも受けている。

 1930年にハイベルグ大学の助教授となり、同時に精神科医として児童福祉施設、、教育局、少年審判所の相談活動に関わった。シュトラウスが非行臨床の世界に関わるようになったのはこの時期からであった。

 1933年にナチス政権が誕生すると、ユダヤ系ドイツ人であったシュトラウスはスペインに亡命した。スペインではバルセロナ大学の客員教授となり、同時にスペインで最初の児童相談センターを設立した。しかし、スペイン内乱の煽りを受け、1937年にアメリカ合衆国に亡命した。1937年〜1945年の間はミシガン州のウェイン郡立擁護学校に精神科医として招聘され、ハイベルグ大学の元同僚であったハインツ−ウェルナーとともに〈脳障害児〉の共同研究を行った。

 1946年にラシーンに〈脳障害児〉専門の寄宿コーブ学校を創設し、イリノイ州のエヴァンストンに第二コーブ学校を設立した。その後は1957年に亡くなるまで、二つのコーブ校で〈脳障害児〉研究に没頭した。現在残るシュトラウスの著作はこの時期に著されたものである。

@〈病的不均衡児〉

 〈脳障害児〉概念の着想となった研究が三つある。アルフレッド・ビネーの知能研究、1917年のエコノモ脳炎(嗜眠性脳炎)の流行、脳損傷兵士の研究である。

 まず、ビネーの知能研究から見ていこう。ビネーは知能検査の発明者でありながら、知能とは何かについて明確な答えを出すことができなかったことはすでに述べた。そして、知能検査を実用化した後も、自らの知能検査が測定しにくい〈病的不均衡児〉の存在に頭を悩ませていた。では〈病的不均衡児〉とはどのような子どものことだったのだろうか。ビネーの記述に沿って確認しておこう。

ここに12歳の男の子どもがいる。われわれの質問にはかなりうまく答えている。しかしながら、この子どもは途中から、問題から完全に離れてしまって、意味のないことを、とめどもなく、しゃべりだしたのである。この一貫性のない思考こそが特殊な欠陥の本質をなしているのであって、単なる発達の遅滞ではないのである。恐らく、無口な遅滞児に同種の特徴を見出すことはないのではないか。(中略)
 病的不均衡の子どもは「訓練のできない子ども」ともよばれるべきもので、性格的にも異常があり、不従順、多弁、注意散漫、意地悪といった特徴がある。


 〈病的不均衡児〉は確かに学習不振に陥りやすい。しかし、ビネーは口数の少ない〈精神薄弱児〉とは明らかに異なるタイプの子どもだと考えていた。その特徴はとりとめのない思考と、性格の〈異常〉にあるとされる。性格の異常としては〈不従順〉、〈多弁〉、〈注意散漫〉、〈意地悪〉が挙げられており、〈多弁〉、〈注意散漫〉は現在ではADHD児の特徴とされるものと重なる。学校においては教員、保護者からのクレームの対象となり、児童相談機関に紹介されてくるような子どもを対象としていたシュトラウスにとっては、非常に身近な子どもたちであった。

Aエコノモ脳炎

 次にエコノモ脳炎について見ておこう。ウィルス性の脳炎であるが、強い刺激を与えて起こさない限りずっと眠り続けていることがある。1917年にオーストリアで流行し、エコノモという医師によって報告された。当時、隣国のドイツに住んでいたシュトラウスには非常にインパクトのある脳炎であった。

 脳炎には様々な後遺症が見られたが、そのうちの一部は多動などの症状を示すことがあった。脳炎によって多動が生じたというのは、何らかの器質性障害の可能性を示唆するものである。

 エコノモ脳炎もまたシュトラウスが自らが研究対象とした子どもたちが器質性障害を抱えていたと想定する根拠の1つであった。

B脳損傷兵士の研究

 前述したようにクルト・ゴールドシュタインの下で特別指導を受けた経験のあるシュトラウスは、貫通銃創により脳に損傷を負った兵士の行動異常に関心を持つようになった。以前にも紹介したように19世紀後半には、脳損傷患者の研究によってブローカ野、ウェルニッケ野(いずれも言語を司る)などが発見されていた。ブローカ野は、ウェルニッケ野は脳の損傷部位と症状の対応関係が分かりやすく〈脳機能局在論〉でも説明ができた。しかし、脳損傷兵士になぜ行動面の〈異常〉が起こるのかについては、〈脳機能局在理論〉では説明ができなかった。

 脳が成長の極期に、弾丸や砲弾の貫通創傷によって神経組織が限局性の破壊を受けた場合、話しことばの障害は、従来の(脳機能)局在理論で説明できる。しかし損傷を受けた脳の場所に関係なく出現する、正常な行動からの逸脱は、全体としての脳への損傷、あるいは生体への損傷としてのみ理解しうる。

 ロボトミー手術着想のヒントとなったチンパンジーによる前頭葉切除実験に見られるように、1930年代以降の脳研究の関心は情動(感情と行動)に移っていた。ゴールドシュタイン、シュトラウスの研究もその影響下にあった。

 ゴールドシュタイン、シュトラウスが行動の〈異常〉として特に注目したのは、脳損傷後に発生する〈破局的反応〉だった。〈破局的反応〉は患者がこれ以上もうできないという課題に直面した時に、怒り、絶望、不安、抑うつなどの反応、泣き叫ぶような身体反応を示し、その後は無反応な状態になってしまう反応である。

 シュトラウスは脳損傷兵士の〈破局的反応〉と学校で達成できない課題に直面して手がつけられなくなった子どもの反応に連続性を見た。そして、そのような子どもは何らかの理由で脳損傷を起こしたために、行動に異常が生じた〈脳障害児〉と捉えたのである。

 なお、シュトラウスは、〈脳障害〉は先天的である場合と後天的な場合があると考えていたが、先天的な場合でも必ずしも遺伝によるとは考えていなかった。私立学校であったコーブ校の生徒は裕福な家庭の出身者が多かったということもあったのだろう。

 あるいは、シュトラウスが活躍した時期(第二次世界大戦後〜1950年代)の臨床家は遺伝の話題をしにくかった事情があったことも考えられる。敗戦国であるドイツでは民族衛生政策の一環で多くの遺伝性疾患を持つとされた人々が断種、安楽死の犠牲になった。また、ユダヤ系ドイツ人たちも、悪質な遺伝子を持つ者とされ、多数殺害されている。ナチス政権初期に亡命したとは言え、ユダヤ系ドイツ人で児童臨床にも関わっていたシュトラウスにとって遺伝は話題にしにくいテーマだった可能性はおおいにある。

 あるいは、終戦期であり、旧ナチス政権非難の風潮が強かった時代であったため、民族衛生政策で悪用された遺伝説の強調が憚られたせいもあったのかもしれない。同時代に活躍した児童精神科医であるレオ・カナーも終戦期には精神分析に傾倒し、あまり遺伝のことは語っていなかった。

 また、脳損傷による生体の変化が起こると考えるシュトラウスにとって、生物的基盤は可変的であり、固定的なものではなかった。そのため、シュトラウスもLD概念の提唱者サミュエルAカークも、知能は可変的であると考えていた。

(2)〈脳障害児〉の状態像

 話を分かりやすくするため、シュトラウスがどのような行動特徴を持つ子どもを〈脳障害児〉と考えたのかから説明していこう。シュトラウスが挙げた行動面の状態像は以下の通りである。

@できない課題に直面した時の怒り、絶望、抑うつ、不安、身体反応(破局反応)
A落ち着きなく動き回っている(多動性)
B目的もなくあるものやあることにこだわり、繰り返すこと(固執性)
C注意が持続しない。微細な重要でないことに注意を向ける(被転導性)
D些細なことに注意しすぎること
E自分の行動をうまく抑制できない(抑制困難)

 現在ではADHD児の行動特徴とされているものも多いが、二つの点で異なっている。一つ目は固執性などADHD児の特徴とは見なされていない特徴が含まれている点である。現在ならば自閉症スペクトラム障害の範疇に含まれるような特徴がシュトラウスの〈脳障害児〉概念には含まれている。

 二つ目は、シュトラウスの〈脳障害児〉概念には、てんかん症状や脳性まひなど明確に器質性障害が認められる生徒が含まれている点である。この点に関して、〈脳障害児〉概念は風呂敷を広げすぎているという批判は早い段階からなされていた。

 上記のような行動特徴がなぜ生じるのかについて、シュトラウスが生きていた時代の脳科学では十分に説明できなかった。そのため〈脳障害児〉概念は見つけられない〈脳の異常〉について語っているとの批判がなされるようになった。

 それに対して、シュトラウスはゲシュタルト心理学などの心理学検査を通じて、〈脳障害児〉の特徴を説明しようとした。シュトラウスが提唱したのは知覚障害説であった。

 シュトラウスによれば、知覚は環境からの情報を組織化し、生体がその情報を利用できるようにする。しかし、知覚の神経心理的過程に障害がある場合、その人はは全体を部分から構成されたまとまりとか部分と部分の関係としてみることができなくなる。その結果、子ども同士の遊びの組み立てを理解できない、過去の記憶の意味の取り違え、いろいろな事物や経験をある共通した特徴によって整理し、組織化できないといった困難が生じるとされる。

 シュトラウスはゲシュタルト心理学の検査を用いて、〈脳障害児〉は図−地知覚の混乱が生じやすいと解釈した。つまり、通常であれば地よりも図の方が際立って知覚されるが、〈脳障害児〉ではその関係が逆転してしまうという解釈であった。

 その後、〈学習障害〉において主流派となった神経心理学者たちによって、知覚障害説は批判されることになった。一方、心理学検査によって脳の働きを明らかにしようとする取り組みは、既にシュトラウスの研究に萌芽が見られる。

 「医学が停止する時、心理学が始まる」とサミュエルAカークはいった。その当時の脳研究が限界に達した時、シュトラウスは心理学検査によって〈脳障害児〉の脳の働きを明らかにする方向にシフトしたのである。晩年の彼の研究は、共同研究者とともに〈脳障害児〉に有効な心理検査を見つけることに充てられた。

【まとめ】

 ある意味シュトラウスは過渡期の臨床家だったと言えるだろう。彼自身が提唱した〈脳障害児〉概念は大風呂敷であったこと、根拠となる脳の器質異常を示せなかったことにより科学的に批判された。また、詳しくは次回紹介することになるが、見つからない〈脳障害〉を強調することによって、特に家族たちに対する混乱を招いたとする臨床的な批判もある。

 一方で、一旦は〈脳障害児〉を寄宿制学校に収容するが、成果が上がり次第地域に戻そうとする臨床態度はそれ以前の臨床家よりも先駆的であるという評価もある。また、〈精神薄弱児〉ではないが普通学級の中で浮き上がりやすい生物基盤を持つとされる子どもに光を当てた先駆者、学習障害に関わった神経心理学者より以前に心理学的検査によって〈脳障害時〉の脳の働きを明らかにしようとした先駆者、〈脳障害児〉を刺激の少ない環境で教育するという意味での構造化を実践した先駆者として、高く評価する声もある。

 少なくとも、良くも悪くも現在に至る〈発達障害〉支援の知の体系の源流を築いたという評価は正しいだろうと思う。

 次回はレーヴィスの著作を手がかりにシュトラウスが影響を与えた〈学習障害〉概念と〈微細脳機能障害〉概念のその後、そして専門家と親の会の関係の変容を明らかにしていきたい。

【参考文献】
P.コンラッド/J.W.シュナイダー『逸脱と医療化 悪から病へ』(邦訳は2003年 ミネルヴァ書房)
シュトラウス/レーチネン『脳障害児の精神病理と教育』(邦訳は1979年福村出版)
シュトラウス/ケファート『続・脳障害児の精神病理と教育』(邦訳は1983年福村出版)
シュトラウス/レーチネン/レーヴィス『脳障害児の話』(邦訳は1979年福村出版)
レーヴィス『脳障害児は育つシュトラウス教育法の輝かしい成果』(邦訳は1986年福村出版)

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