グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論

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zoom RSS 社会は逸脱者を必要とする(15) 〈不均衡〉へのまなざし

<<   作成日時 : 2013/12/15 09:45   >>

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(これで今年の投稿はおしまい♪皆様、メリークリスマス&よいお年を)

 優生学(あるいは人種改良学)を行動原理とした特殊教育学がアメリカ合衆国の主流となっていた20世紀前半、優生学を信奉する知能研究者の間で知能観を巡る大きな議論が発生した。そして、そこで提唱された考え方の1つ〈多因子説〉は1960年代以降の〈学習障害〉概念の成立にも大きな影響を与えている。〈多因子〉説とはどのような知能観なのだろうか?それ以前の知能観とどのように異なっていたのだろうか?以上のことを明らかにするのが、今回の考察の課題である。


(1)〈一般知能〉説と多因子説

 20世紀初頭のイギリスとアメリカ合衆国の優生学者ほど、知能に高い関心を示した人々はいなかっただろう。イギリスではゴルトンの直弟子である統計学者たちが、アメリカ合衆国ではビネー式知能検査を広めた心理学者たちがそれぞれの観点から知能の研究および実用化を推進した。

 アメリカ合衆国では、優生学者にして心理学者のルイス・マディン・ターマンがスタンフォード・ビネー式知能検査を開発し、少なくとも標準化には成功したことはすでに述べた。ターマンは自らが開発した知能検査にドイツのシュテルンによって提唱された知能指数(IQ)を導入し、統計学的な処理ができるようにした。IQの導入はあくまで技術的なものであったが、知能研究者の間にすら、知能は単一の尺度で測定できるという錯覚が生じたのである。これは知能検査の発明者であるビネーすら想定していなかったことだった。少なくとも、ビネー自身は知能が単一の尺度で測定できるとは考えていなかったし、自らの発明した知能検査にそれができるとすら考えていなかったからである。

 ともあれ、スタンフォード・ビネー式知能検査が開発され、実用されると2つの大きな疑問が浮上してくることになった。1つ目の疑問は、知能検査は様々な検査の〈ごった煮〉であり、とても知能を単一の尺度で測定できる道具にはなっていないというものであった。フランシス・ゴルトンの直弟子にして優生学者・統計学者のチャールズ・エドワード・スピアマン(1863〜1945)による知能の因子分析研究はまさにこの問題意識から出発している。そして、スピアマンの直弟子でもあるディビット・ウェクスラーの業績(ウェクスラー式知能検査の開発)も〈ごった煮〉状態の解消にあったと言えるだろう。

 もう一つの疑問は、スタンフォード・ビネー式知能検査はIQという単一の尺度を採用しているために知能の〈不均衡〉を捉えそこなっているのではないかというものであった。〈不均衡〉という観点の方が今回の考察では重要なので、より掘り下げて考えてみよう。

 今、目の前に学者、スポーツマン、政治家がいるとしよう。もちろん、学問、スポーツ、政治の三分野において優れた業績を上げることができる多彩な才能の持ち主はいるかもしれない。しかし、同時に、多くの人は@研究業績には優れているが、運動音痴で社交下手な学者A「脳みそが筋肉でできている」と評されるスポーツ選手B学識はないが、政治的駆け引きに長けた政治家がいたとしても全く不自然とは考えないだろう。それは、人間の能力は〈不均衡〉であり、ある分野では大活躍している人が、別の分野では全く力を発揮できないことがあることを体験的に知っているからである。

 知能研究の世界でも、〈不均衡〉は重要なテーマだった。例えば、〈精神薄弱〉(知的障害)の研究者の間では少なくとも20世紀初頭にはイデオ・サヴァン(白痴天才)のことは広く知られるようになっていた。特定の分野で特異な記憶力を持つイデオ・サヴァンの知能は単一の尺度では測定が困難である。あるいは、ロンブローゾ以降の精神医学における〈天才〉研究では歴史上に名を残す天才が、能力および性格に大きな不均衡を抱えているという説が繰り返し説かれていた。単一的な尺度で知能を捉えるスタンフォード・ビネー式知能検査は知能の〈不均衡〉を取り逃がしてしまう危険性が高い。知能を単一の尺度で測定できると考えた論者も、測定できないと考えた論者も、〈不均衡〉を説明する理論を作り出す必要に迫られた。

 知能を単一の尺度で測定できるという立場から説明を与えたのが、スピアマンの〈一般知能〉説であった。一般因子説は現在でも行動遺伝学の世界では主流となる考え方である。

 統計学手法にまで言及してしまうと、極めて煩雑になってしまうし、そもそも統計の基礎を持たないわたしではとても太刀打ちできない。統計学的な知見はスティーヴン・J・グールドの『人間の測りまちがい』に譲るとして、
ここでは〈一般知能〉説でスピアマンが語ろうとしたことを要約して伝えることにしよう。

「古典学習の素質は政治家、兵士の素質と関係あるのか」

 これがスピアマンの提示した問いであった。先に挙げた学者、スポーツ選手、政治家の例に挙げるならば、答えは否だろう。古典が理解できなくても、政治家、兵士としての素質に恵まれた人ならばたくさんいるだろう。しかし、1920年代に知能の〈多因子〉説が提唱されるまで、多くの知能研究者はそうは考えなかった。ゴルトンやターマンのように先天的素質を単一の尺度で測定できると考えた論者ならば、古典学習の素質が高い者はどんな分野でも優秀であるはずであり、政治家、兵士としての素質も高いと考えただろう。スピアマンもまた直接の師であるゴルトンと同様、優秀な者はその素質をあらゆる分野に応用できると考えていた。

 スピアマンは33人の生徒に古典、英語(国語)、数学など6種類のテストを行い、1つのテストで高い得点を取る生徒は他の5種類のテストでも高い得点を取るという相関性を見いだした。この時の結果だけを見れば、〈知能〉や〈才能〉が高い生徒はその素質をあらゆる分野に応用することができるということになる。

 調査の結果、スピアマンは人間には生来的で固定的な知能の存在を仮定し、これを〈一般因子〉と名付けた。
スピアマンにとって〈一般因子〉は生得的知能の本質とも言うべき部分であり、〈一般知能〉は環境や教育によっては容易に変化しない。もちろん、生徒によってはテストごとの点数にばらつきがある者もいただろう。ばらつきについて、スピアマンは各テストに固有の因子である〈特殊因子〉に規定されていると解釈した。スピアマンによてば、〈特殊因子〉は〈一般因子〉の従属物だが、環境や教育によって若干の変化を起こすことができる。
 
 では、この時点でのスピアマンの調査方法は妥当であったと言えるのだろうか。否というのがわたしの回答である。スピアマンの選んだ6種類のテストは全て筆記テストであったということには留意する必要がある。当然のことながら調査の結果から、筆記科目に強い生徒が実技科目、対人関係のように筆記テストでは測定しにくい分野にも能力を応用できると結論づけるのは論理的に飛躍がある。つまり、スピアマンが最初に立てた問い「学者と軍人と政治家の素質を同列に扱うことができるのか」に対して、調査は何も答えることができていない。

 また、テストごとの得点の高さに相関性があれば、すぐにテストの結果が生得的な知能の高さに規定されるというのも論理的な飛躍である。相関性は遺伝的要因によっても、環境的要因によっても引き起こされる可能性があるからである。優生学者であるスピアマンはどちらかと言えば生物的決定論に傾いた結論を出しがちであった。
 
 一方、アメリカ優生学協会の一員であり、前回取り上げたターマン、ゴタードの盟友であった心理学者エドワード・ソーンダイクはスピアマンとは異なる〈知能〉観を提示した。彼は、文章完成テスト、算数テスト、語彙テスト、さしずテストの4種類のテストの結果に基づき、テストごとの得点がばらつくことはよくあることと解釈した。さらに、生存時には無視されたとは言え、対人関係の〈知能〉は学力のそれとは独立しており、両者には相関関係がないと主張することすらあった。これは〈知能〉が高い者は学力、対人能力、道徳においても優れており、〈知能〉の低い者は学力のみならず対人能力、道徳も欠如しているとしたターマンの〈知能観〉とも異なっている。

 1920年代以降、優生学の内部で、〈知能〉観は揺らぎ始めた。全体としてはスピアマンの〈一般知能〉説、ターマンの単一的〈知能〉観が優勢ではあったが、アメリカ優生学からは、〈知能〉は独立した複数の因子から構成されているとする〈多因子〉説の原型が誕生していた。 そして、20世紀中葉には、多因子説の立場からはルイス・レオン・サーストンが、〈一般知能〉説の立場からはディビッド・ウェクスラーが登場し、それぞれの知能観を表明した。それぞれの考え方を紹介しておこう。

(2)サーストンの場合

 サーストン(1887〜1955)は後に〈学習障害〉概念の提唱者として知られることになったサミュエルAカークの知能観にも大きな影響を与えることになった人物であり、カークの著作の中にも度々登場する。アメリカ合衆国のおける優生学的知能研究の退潮期を象徴する知能研究者と言えるだろう。

 サーストンは〈一般知能〉説の支持者と同様、人間の知能は生得的かつ固定的であると信じていた。この点において彼は〈知能〉を固定的に捉えがちな〈優生学〉の思考を受け継いでいる。しかし、知能は単一的な尺度で測定でき、知能が高い人は全ての分野において高く、低い人は全ての分野において低いという〈一般知能〉説の前提には反対した。

 彼はスピアマンであれば、〈特殊因子〉による産物として切り捨てていた〈知能〉のばらつきに注目した。そして、他因子説の立場から、〈知能〉は複数の独立した因子から成り立っており、〈知能〉がばらついている状態こそが〈知能〉の生得的かつ本質的な姿だと結論したのである。彼が考えた知能の因子は8〜10あり、そのうち命名しやすい因子として、@言語A語の流暢性B空間C数D記憶E帰納的推理F知覚の7つを挙げている。

 スピアマンとサーストンの〈知能〉観の違いを植樹を例にしながら説明しておこう。あるところに植樹があって、枝の長さはほぼ揃っているが、部分的に他より長い枝や短い枝が混在していたとしよう。その時に長い枝や短い枝を例外として刈り取っていけば、その植樹本来の姿(つまり〈生来的知能〉の本質)が見えてくるはずだという発想をするのが、スピアマンである。それに対して、不揃いな枝が混在している状態こそが知能の本質的な姿だと発想するのがサーストンということになるだろう。

 〈学習障害〉概念に慣れている読者から見ると、一見サーストンの〈知能〉観の方が希望に満ちているように映る。サーストンの多元的〈知能〉観はスピアマンの〈一般知能〉説のように〈知能〉を高低や優劣で見るような単純な構図を拒否する。じっさい、サーストンは〈知能〉という観点から人を見る時は、長所と短所両面を見るべきだと主張しており、〈知能〉の多様性とも言える議論を展開していた。

 しかし、内容をよく検討してみると、サーストンの〈多因子〉説はスピアマンの〈一般因子〉説以上も生物学的決定論の色彩が強いことが分かる。スピアマンの説では、〈特殊因子〉は生来的な知能に束縛されない因子であったが、サーストンの〈多因子〉説では〈知能〉は全て生来的知能に束縛されることになってしまう。サーストンによって、知能研究の優生学的色彩はおおいに弱められたのだが、生物学的決定論の色彩はむしろ強められることになったのである。

(3)ウェクスラーの場合

 ディビッド・ウェクスラー(1896〜1981)は教育心理学、知能研究の分野で現在もよく知られた心理学者である。〈発達障害〉の診断でもよく根拠として採用されることのあるウェクスラー式知能検査の開発者と言えば、イメージできるかもしれない。

 ルーマニアのユダヤ家庭に生まれたが、幼少時に家族でアメリカ合衆国に渡り、優生学者にして知能の〈多因子説〉を主張したエドワード・ソーンダイクに師事した。第一次世界大戦中は、やはりアメリカ優生学協会の一員で前回紹介した陸軍式知能テストの開発者であるロバート・ヤーキースの下で陸軍式知能検査の開発に従事した。その後、さらにイギリスに渡り、イギリス優生学の祖フランシス・ゴルトンの後継者とされたカール・ピアソンおよび前述したチャールズ・スピアマンのもとで研究生活を送っている。

 ウェクスラー自身が優生学者であったのかどうかは、手元にある資料からは判断できない。特に第二次世界大戦後の彼は知能とは何か、どのように測定するのかという点については雄弁に語るが、優生学についてはほとんど触れていないからである。現時点で言えることは、彼の経歴にはアメリカ優生学運動を牽引した心理学者、イギリス優生学におけるゴルトンの後継者が多数関与しており、英語圏の優生学の遺産から多くの遺産を受け継いだ知能研究者であったということだけである。

 ロバート・ヤーキーズの下で開発した陸軍式知能テストは〈知能〉研究史上まれに見る大敗北に終わった。陸軍式知能検査の内容については簡単に紹介しておこう。検査の対象となった陸軍の新兵の中には自らが移民であり、英語に習熟していなかった者、鉛筆を握ったこともなかった者が少なからず存在した。移民出身の新兵に対して、高い英語力を要求されるスタンフォード・ビネー式知能検査が有効ではないことは、ヤーキーズらも認識していた。

 そこで、ヤーキーズらはαテストとβテストという2種類のテストを用意した。αテストは英語に習熟した新兵を対象にしており、類推、連続した数の次の数字を入れること、文章の並べ替えなどであった。実はこれらの項目はウェクスラーが後に開発した知能検査では、言語性検査に含まれることになる。一方、βテストは英語に習熟していない移民を対象にそており、指示は全て絵や図によって示され、回答も絵や図によってなされる。いわば作業課題が多く、後に動作性検査に含まれることになる。

 現在ならば、αテスト、βテストで測定できる要素はそれぞれ異なっており、2つのテストを同列に扱うことは無意味だということはすぐに分かる。しかし、ヤーキーズらは文字通り両者を同列に扱い、平均的白人男性の〈知能〉は13歳レベルであり、言語に習熟していない移民系新兵の〈知能〉は10〜11歳程度と結論づけたのである。

 けっきょく、ヤーキーズによってなされた新兵検査の結果は、直弟子であるブリガムによって1930年に誤りが認められた。

 このテストの分野で研究する多くの心理学者は、テストの得点から、テストに付けられた名前が示す仮想上の能力へと簡単に横すべりさせて名前のつけ間違いという誤りを犯してきた。こうして彼らは正確で客観的なテストであるといいながら、感覚による識別力、知覚力、記憶力、知能等々について語ることになる。

 そして、第一次世界大戦後にイギリスで知能を学ぶことになったウェクスラーは、〈知能〉検査を検査の〈ごった煮〉状態と批判するチャールズ・ピアソンから多くの示唆を受けることになる。そして、どの検査が〈知能〉の何を測定することができるのか?そこにはどの程度〈特殊因子〉が反映されているのかを明確に示した知能検査の開発に力を注ぐことになる。

 その成果は、1958年の主著『成人知能の測定と評価』にまとめられている。いわゆるウェクスラー式知能検査の誕生である。

 ウェクスラー知能検査がビネー式〈知能検査〉と異なる点を今回の考察に必要な範囲でいくつか指摘しておこう。

 第一にウェクスラー式知能検査は言語性検査と動作性検査という2つの検査に分けられる。前者は言語による迅速な回答を求められる検査であり、後者は作業を達成する速度を測定する検査である。陸軍式知能検査では言語の習熟度によってどちらかを受けるような形になっていたが、ウェクスラー式知能検査では両方とも受けることになった。

 第二に言語性検査と動作性検査にはそれぞれ6種類の検査が用意されている。具体的には

【言語性検査】
@知識…文化によって獲得した一般知識の程度。
A理解…抽象的な社会慣習、規則、経験を扱う能力。
B算数…数学問題を暗算する集中力。
C類似…抽象言語理解。
D単語…学習や理解の程度、および語彙の言語表現力。
E数唱…注意・集中。

【動作性検査】
@絵画完成…視覚的細部を素早く感知する能力。
A符号…視覚的-運動協応、運動と心のスピード。
B積木模様…空間認知、視覚的抽象処理、問題解決力。
C行列推理…非言語的抽象課題解決力、帰納的推理、空間推理。
D絵画配列…論理/逐次的推理、社会見識。
E組合せ…視覚分析、統合、組み立て。

である。それぞれの検査項目で〈知能〉の何が測定されるのかは明示され、どの程度〈特殊因子〉が影響するのかも明確に説明されている。

 採点は検査項目ごとに20点満点で行われ、各項目ごとの点数の合計によってIQが示されることになる。スピアマンの言う〈ごった煮〉状態の解消に心血を注いだ様子がうかがわれる。20世紀前半の優生学的知能研究が解決できなかった検査の〈ごった煮〉状態について何らかの解決案を提示したことが、ウェクスラーの知能研究の歴史的意義であった(ただし、あくまで優生学の側からの歴史的意義だが)。

 こうして、ウェクスラーはスピアマンの〈一般因子〉説に基づく知能検査の開発について一定の成果を収めることになった。しかし、彼が開発したウェクスラー検査を実用すると、スピアマンが予測もしていなかった結果が示されることになった。確かに下位検査項目ごとの結果がばらつかず、スピアマンの〈一般因子〉説を補強する結果を導き出すことは多かった。しかし、少数だが、下位検査項目のばらつきが大きく〈一般因子〉説を覆す検査結果を示す〈不均衡者〉が発見されるようになったのである。〈不均衡者〉の多くは、脳損傷者、精神疾患の罹患者、脳性まひ者など明確な脳機能障害を持つとされる人々だったが、明確な脳機能障害を持たないとされる人々にも〈知能〉の〈不均衡者〉がいることが確認された。明確な脳機能障害を持たないとされる〈知能〉の〈不均衡者〉こそが次回以降取り上げることになる〈学習障害者〉および〈微細脳機能障害者〉たちである。

 そのため、ウェクスラーが〈一般知能〉説を根拠づけるために開発した知能検査は、皮肉なことに〈多因子〉説を採る研究者、臨床家の間で広く採用されるところとなったのである。

 〈多因子〉説に立つサーストンと〈一般知能説〉に立つウェクスラーによって、〈知能〉の〈不均衡〉に対するまなざしは作り出された。次回は、いよいよ学習障害概念産みの親とも言われる1960年代のサミュエル・A・カークの議論を取り上げてみよう。

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ウェクスラーが作った微細脳機能障がいの話をグループホーム世話人にしたら反応がない。福祉の現場は微細脳機能障がいの当人の話を聞く姿勢がない。本題に戻すと微細脳機能障がいは学者によって作られた障がいのようだ。ウェクスラー的知能テストが”微細脳機能障がい”とそれに準ずる障がいを作り出した。
ぶじこれきにん
2013/12/27 05:53
知能検査が知的障害者、微細脳機能障害者を発見したではない、創造したのだという見方もできるかもしれませんね。知能検査は〈真理〉を発見する道具ではなく、創造する道具なのだとも。よいお年をです。
こうもり
2013/12/29 05:39

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