グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論

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zoom RSS 【増補】【外篇】監禁する優生学から矯正する優生学へ モンテッソーリ教育の知の体系 

<<   作成日時 : 2013/09/07 22:01   >>

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(学会が終わったので、ちょっくら増補します)

 繁栄する幸福な人間への再生を期待できる科学は優生学である。これは精神博弱やてんかんなどを慈悲深く見た成果であり、健康への道を見つけ、善き世界の門に導いてくれよう。(マリア・モンテッソーリ『続モンテッソーリメソッド』)

 もう1度、前回の問題設定を再確認しておこう。

 初期特殊教育学は、20世紀の初頭において最も広い範囲の〈障害児〉を教育の対象とした教育学であった。一方で、初期特殊教育学ほど心身の不適格な遺伝子を持つとされる者の子孫を根絶やしにすることを主張した教育学はなかった。子孫を根絶やしにしようとする者たちを、手厚く教育するとは一体どのような知の体系に根ざしているのだろうか?これが問いの出発点であった。

 今回は問題を考えていく一環として、モンテッソーリ教育の創始者として知られるマリア・モンテッソーリ(1870〜1952)を取り上げてみよう。

(1)〈予防優生学〉の誕生

 冒頭に上げた発言からも分かるように、モンテッソーリは優生学の支持者であったことは疑いもない。彼女はイタリアで精神科医の資格を取得したが、その指導教官は〈生得的犯罪者〉説、〈天才〉と〈狂気〉の連続説で知られるチューザレ・ロンブローゾであった。ロンブローゾを優生学者と呼ぶことができるのかは微妙だが、少なくとも優生学に大きな影響を与えた精神科医であったことは言うまでもない。

 一方で、20世紀初頭の時点では教育不能の見なされることが多かった〈精神博弱〉(現在の知的障害)の児童の教育から出発した教育実践家であったことはあまりにもよく知られている。〈精神博弱児〉に対する感覚教育の実践から出発し、その取り組みが他の子どもたちにも有効であると確信するようになり、後に英才児教育にまで取り入れられるようになったモンテッソーリ・メソッドを開発したというのが、彼女のよく知られた事跡である。

 〈精神博弱〉の教育から出発したという点に注目してみよう。19世紀に出現した優生学は必ずしも、〈精神博弱児〉を教育の対象とは見ていなかった。優生学の祖であるフランシス・ゴルトンは〈才能〉は生来的なものであり、教育の善し悪しでどうこうできるものではないと考えていた。つまり、〈精神博弱児〉や〈てんかん児〉に特別な教育を提供しようという発想はゴルトン優生学からは導き出すことはできない。

 モンテッソーリに直接的な影響を与えたロンブローゾの場合も同様である。ロンブローゾは時代が下るにつれて、〈精神博弱者〉や〈てんかん者〉を〈生得的犯罪者〉と同一視するようになったが、これらの人々は遺伝的に犯罪を起こすことを運命づけられた生物学的基盤を抱えているのだから、教育、矯正的な働きかけによって改善を促すことは無効と考えていた。それはロンブローゾ自身の以下の発言によって明らかである。

(教育について)
人類学的な検査は、犯罪者のタイプ、身体が早熟なこと、身体の釣り合いがとれていないこと、頭が小さいこと、顔が異常に大きいことを指摘することによって、そうした烙印を持つ子どもたちの学校教育上、訓育上の欠点を説明し、彼らの恵まれた仲間たちから早期に隔離し、もっとその子の気質に適した生活の方へ向けることを可能にする。(弟子のフェリの著作より)


(矯正について)
 指導を与えることは、彼を完全に悪人にしてしまうことであり、社会に対する新しい武器を与えることである。(『犯罪 −その原因と治療−』より)

 先祖返りは、生得的な犯罪者に刑罰を与えてもききめがないことを示しているし、彼らが周期的に罪を犯すのが避けられないのはなぜなのかを示している。(フェりの著作より)

 理論的な倫理観は、ちょうど油が大理石の表面に浸みこまずに流れるように、これらの病的な脳にしみこまずに流れ去る。(『犯罪 −その原因と治療−』)

 。。。教育、矯正が無意味である以上、ロンブローゾが〈生得的犯罪者〉と命名した人々に行うことは限られている。抹殺か社会からの隔離である。しかし、ロンブローゾ自身は現代人が考える以上に〈人道主義者〉であり、死刑という方法は好まなかった。そのため、司法政策に対しては施設か地方への〈隔離〉を提言し、罪を犯した〈生得的犯罪者〉に対しては期限を決めた教育刑は無効なので不定期刑を採用することを提言していた。

 ゴルトンとロンブローゾの知の体系は同じではないのだが、遺伝子的に決定された生物的基盤は固定的であり、教育や矯正によって変更することはできないと考えていた点は一致していた。

 ロンブローゾの〈生得的犯罪者〉説が、20世紀初頭の教育、矯正関係者を困惑させたことは想像に難くない。もし、遺伝によって運命づけられた生物学的基盤が教育や矯正によって改善できないということになれば、教育や矯正の意義は事実上ないに等しく、自らの自らの存在意義を疑われることになるからである。同時代の教育、矯正関係者たちは遺伝的に犯罪に結びつきやすい生物学的基盤を持つ者がいるという前提には立っていたが、生物学的決定論とも言える初期ロンブローゾ研究からは距離を置いていた。


 そして、教育、矯正、医療の力によって、犯罪に至りやすい生物学的基盤の軌道を変えていくことができるという前提に立つような知の体系を練り上げる必要性に迫られたのである。

 
 そして、もう1つ重要な知の体系の変化がある。生物学的決定論と言ってもよいぐらいだった初期とは異なり、晩年のロンブローゾは〈先天的な身体的欠陥による犯罪〉と〈後天的な身体的欠陥による犯罪〉という区別を用いるようになった。〈先天的な身体的欠陥による犯罪〉については、遺伝的に犯罪を起こすように運命づけられた者によって引き起こされるのだから、教育や矯正によって抑止することはできない。しかし、〈後天的な身体的欠陥による犯罪〉については、後天的な疾患さえ治療できれば犯罪を抑止できると考えたのである。

 ロンブローゾ自身は、〈精神博弱者〉〈てんかん者〉を〈先天的な身体的欠陥〉を抱えた者と見なしており、犯罪を抑止できるように治療可能な相手とは考えていなかった。しかし、モンテッソーリは〈精神博弱者〉〈てんかん者〉の犯罪を、〈後天的な身体的欠陥〉を抱えており、治療可能な相手と見なしていた。これは、穏健な社会主義者であったモンテッソーリが出身国であるイタリアの貧困問題に非常に関心を持っていたことに由来すると考えられる。『教育学的人類学』には以下のような記述も見られる。

 人類学的方法で研究すると、(貧しい)子どもは身体のあらゆる面で劣ったものを見せている。貧しい子どもは、二チェファロが指摘したように、身長、頭蓋骨、体重、筋力、知力の面で劣っている。

 知力や筋力において弱い子どもは低い環境で生活してきたために、好ましい環境で成長する豊かな子どもに比べて人を引き付ける所作を見せることは少ない。そして、概して、学校の中でバーリア(南インドの最下級民)となってしまう。外観や品性に問題があり、恵まれた子どもの礼儀正しい所作に教師が抱くような好感を得ることができない。また、知性に欠け、恐らく読み書きもできない両親からなんらの援助も期待することはできないし、褒賞や高い評価に向けて激励されることもない。(中略)このように、社会的地位の低さは、学校における地位の低さでもある。

 学校での子どもの地位には出身家庭の社会的地位が強く反映され、不衛生な環境で育った貧困家庭出身の子どもは健康面でも最初から不利な条件を背負ったまま、学校で学ぶことを余儀なくされる。モンテッソーリは〈精神博弱児〉や〈てんかん児〉の発生要因を貧困家庭出身の子どもたちの劣悪な教育環境、衛生環境の所産と見なした。そして、学校がこれらの子どもに対して無力であることを痛烈に批判した。これがやがて、学校で不遇な子どもたちを対象にした〈子どもの家〉構想の出発点となる。

 モンテッソーリのような立場の優生学は20世紀初頭には〈予防優生学〉と呼ばれていた。〈予防優生学〉とは後天的な要因によって、〈心身の欠陥を持つ人々〉が増えるのを防ぐことを目指す〈優生学〉の一分野である。20世紀に入り、健康に生まれ、育てられることこそが子どもの権利という観点が採用されるようになった後、優生学にも積極的に取り入れられるようになっていた。そして、貧困問題に強い関心を抱いていたモンテッソーリが支持していた優生学とは〈予防優生学〉のことだったのである。

 〈精神博弱児〉〈てんかん児〉の発生要因を後天的と見なし、〈予防優生学〉の中に組み込むことによって、モンテッソーリはこれらの〈病児〉を教育の対象とすることに成功した。子どもの権利という観点が導入された20世紀初頭の優生学の枠組みにおいて、先天的な心身の損傷や機能不全を抱える〈不幸〉な子どもが生まれないようにする取り組みと、環境要因によって後天的な心身の損傷や機能不全を抱える子どもが発生するのを防ぐ取り組みは矛盾するものではなかったのである。

(2)教育構想

 では、家庭、学校の劣悪な教育環境、衛生環境によって〈精神薄弱〉〈てんかん〉を罹患したとされる子どもたちを〈予防優生学〉の支持者であるモンテッソーリはどのように教育しようとしたのだろうか?

 ロンブローゾの思想との連続性があまりにも露骨なため、現在ではあまり紹介されることのないモンテッソーリの初期の著作『教育学的人類学』(1912年)では、自らの教育構想を以下のように要約している。

 今日私たちは、公教育の学校で何も教えられていない子どもたちの多くが、実際には病気の子どもたちであると分かる。彼らにおいては性格の異常と形態学的異形が一致する。そして私たちは、盲目で野蛮な懲罰という昔の慣習に変えて、身体的関心に基づいて医学の援助を求めながら、精神的欠陥のための特別な学校の設立に向かおうとしているのである。私たちはこうも言いうる。この新しく革新的な教育学的原理はや、懲罰を医学的治療へと移行する。いわば療養所でもある特別な教育施設は、ロンブローゾの理論を教育学的に応用したものであるし、そしてあらかじめロンブローゾの高い知性から広められることが運命づけられていた社会的仕事を達成することでもあると。

 ここで、モンテッソーリは自らの教育の営みをロンブローゾ理論の教育への応用であると明言している。後期ロンブローゾが、後天的な〈病気の子ども〉は治療可能であると見なしていたことを考えれば、両者の連続性はそれほど不自然ではないことが分かる。異なっているのは、ロンブローゾは〈精神博弱〉や〈てんかん〉の子どもを先天的と見なし、治療可能とは考えていなかった点だけである。

 しかし、モンテッソーリは後天的な〈病気の子ども〉であっても、従来の教育、矯正的アプローチでは犯罪抑止にはつながらないとする。犯罪抑止のためには医学的なアプローチが不可欠であり、療養の機能を持った教育施設が不可欠だとする。これが現在でも世界中に設立されている〈子どもの家〉である。その後、よくも悪くもオルタナティブスクールの関係者たちに参照されるようになった教育施設である。前提になる医学理論が異なるとは言え、ドイツ治療教育学と非常によく似た医療モデル的な教育構想であったと言えるだろう。異なっているのは、ドイツ治療教育学は〈先天的〉〈後天的〉の区別なく犯罪の傾向性があるとされる子どもを教育の対象としていたという点だけである。

 では、医療モデル的アプローチによって、モンテッソーリはどのような教育を実現しようとしたのだろうか。

 まず、目的から見ていくと、モンテッソーリの最終的な教育目的は子どもの〈生物学的自由〉の実現であった。では、〈生物学的自由〉とは一体どのような自由なのだろうか?

 そのような概念において、個々人の組織はさらに、社会的組織に依存する。ちょうど細胞が多細胞組織に依存するように。そして、人類によって作り上げられた超組織が活性化される。その中で個々の構成部きあらゆる障害物から解放されて、個々人の活動を最大限に発展させる。この生物学的自由の概念は、換言すると、苦しい生存闘争と防御の連続を経た、生命の自由で平和な発達という勝利である。

 かなり抽象的でわかりにくい説明だが、子どもの生命力を最大限に伸ばすために、その実現を妨げる様々な障害物を除去することを目的としていると考えればいいだろう。やはり、モンテッソーリ初期の著作『科学的教育学の方法』(1909年)では学校教育はこの目的に全くそぐわないと批判している。

 今日われわれは児童を学校に収容しており、その学校、机や外からの賞罰など身体や精神を制約する装置を備えている。静止と不動の規律に従わせるために。彼らを導くために、どこへ?残念ながら、目的はない。

 モンテッソーリが特に問題にしていたのは、学校教育における身体の物理的拘束や賞罰が子どもの生命力を伸ばす上で無効である上に有害であるという点であった。

 このため、初期〈子どもの家〉の治療教育においては、生命力を最大限に伸ばすために@科学的計測に基づく教育A健康管理B賞罰の禁止の徹底化がなされることになった。

@科学的計測に基づく教育

 〈科学的計測に基づく科学的教育〉と言えば、多くの論者はフランスのビネー(知能検査の発明者)を連想するだろう。ロンブローゾの精神医学を継承するモンテッソーリはビネーのような心理学的検査の方法には頼らない。

 〈子どもの家〉のスタッフたちに対してはロンブローゾから学んだ犯罪人類学の身体計測の方法を習熟するように求め、身体の観察と計測を通じて、生徒たちに退化の兆候がみられないかどうかを把握させた。彼女が注目した退化の兆候は身長、体重、胸囲、座高、頭囲、頭部の前後直径と左右直径、頭蓋指数、筋肉の状態、皮膚の色、頭髪の色、腕の長さ、顔立ち、胸、骨盤、脚の骨の形、色素、視覚、聴覚、歯並びなどであり、これらは全て個人調査票に記入された。

 もちろん、ロンブローゾの犯罪人類学は19世紀の段階でも科学的信憑性に疑問が付されていたので、20世紀の科学的検証にはもはや耐えられないものになっていただろう。しかし、モンテッソーリは教育方法について強い影響を受けたイタリアの人類学者セルジの忠告を無視して、退化の兆候の把握を続けた。

A健康管理

 当時の学校以上にカロリー計算された食事の提供、医師による検診が細やかに行われ、栄養、衛生に問題があるとされた子どもに対しては家庭指導がなされた。最大限の健康的な環境を作り出すことが〈生物学的自由〉の実現であり、〈予防優生学〉の理念にもかなうことであった。

 現在の学校には大抵の場合、保健室が設置され、定期的に検診、予防接種が実施され、必要に応じて食生活や衛生指導、健康チェックが行われる。これらの担い手は養護教諭である。@Aを通じて言えることは、モンテッソーリの教育構想は全ての教育スタッフが養護教諭の役割をも兼ねるような治療教育的空間の創設にあったという点である。

B賞罰の禁止

 その後軌道修正したとは言え、初期モンテッソーリは〈賞罰〉や〈強制〉を子どもの〈生命力〉の伸長を損なうものとして、厳しく批判した。

 賞罰の必要性は実験によって打ち砕かれている。人間の生命の多面的な展開をさらに高いものにするような心的刺激は、特定の子どもに行われているような賞罰ではない。

 賞罰は不自然で強制的な努力を引き出す要因であり、それゆえに私たちは賞罰と関連させて子どもの自然な発達を語ってはいけない(いずれも『教育学的人類学』)

 近代的な医療モデルを徹底化したがために、ロンブローゾもモンテッソーリも子どもの生物学的基盤に対する賞罰や強制の有効性に懐疑的だった。だからこそ、ロンブローゾは〈生得的犯罪者〉に対する懲罰や矯正を無効と考えていたし、初期モンテッソーリは〈賞罰〉を教育手段として用いることに反対したのである。

 では、モンテッソーリは、当時犯罪の傾向性が高いとされた子どもたちをどのように軌道修正しようとしたのだろうか?モンテッソーリは〈てんかん児〉を例に以下のように述べている

 それゆえ私たちは、子どもに特有の犯罪性に対する道徳教育の問題は、根本的に次のような別の問題に移しかえられなければならない。すなわち、『てんかんを治療し治すことができるのか?』という問題である。(『教育学的人類学』)

 〈生物学的自由〉の実現によって、後天的な疾患が除去されれば、犯罪の傾向性は除去することができる。生物学的基盤の〈改善〉こそが、犯罪抑止につながる。これがモンテッソーリの出した答えである。社会学的に見れば、逸脱の医療化の推進者の1人と位置づけることも可能である。

 監禁する優生学から矯正する優生学へ。モンテッソーリはエレン・ケイとともに優生学の知の体系が変貌していく時代を象徴する教育実践家の1人である。

 次回はいよいよ、特殊教育学の成立に目を向けてみよう。

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内 容 ニックネーム/日時
ナチズムに通じる不幸な子どもの除去。後天的な障がいのある子供に治療をする。教育をする。それがモンテッソーリ教育だった。児童施設にいた女性のベテラン支援者が、施設の一室でセラピーを1対1でした思想は、モンテッソーリが源流。モンテッソーリの教育を障がい児に施す治療法は、日本の支援者にも影響を与えた。
 ちなみにその女性支援者は故人である。モンテッソーリはナチズムの源流的思想。廃止された優生保護法的思想だという気づきを得た。
ぶじこれきにん
2013/09/10 19:17
モンテッソーリ自身は社会主義運動家、婦人運動家、平和運動家という顔も持っており、イタリアのムッソリーニからは煙たがられていた存在なのですけどね。

前回取り上げたケイにしても、モンテッソーリにしても、優生学の体系から導き出された教育理論であるという点は忘れてはならないでしょう。
こうもり
2013/09/11 11:44

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