グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論

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zoom RSS 【ちょっと長い番外編】天才、あるいはギフテッド論の系譜(2)

<<   作成日時 : 2013/02/03 21:09   >>

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 前回はイギリス優生学の祖ゴルトンの天才論の体系を見てきた。今回はチューザレ・ロンブローゾの天才論の体系を明らかにしていこう。

以前に、ロンブローゾがゴルトンとほぼ同時代のイタリアで、生得性犯罪者説を唱えていたことは紹介した。(以下の記事を参照のこと http://uramonken.at.webry.info/201208/article_2.html)生得的犯罪者説に代表される彼の犯罪人類学研究は、後の犯罪生物学に大きな影響を与えたこともすでに述べた。精神障害者、知的障害者、〈精神病質者〉、発達障害者などの社会的脅威論に大きな影響を与えた人物として今も悪名は高い。

 一方、ロンブローゾには『天才論』という著作があり、『天才論』の中で彼は天才と狂気の連続性に注目した議論を展開した。「天才と狂気は紙一重」という言葉は、『天才論』におけるロンブローゾの議論を要約した言葉である。ロンブローゾ自身は優生学者ではなかったのだが、この議論は優生学の内部でも大きな論争を巻き起こした。不良な遺伝子を持つ者の抹殺を目指す〈消極的優生〉に関する議論の中では、「天才と狂気は紙一重なのだから、不良な遺伝子を持つ者を完全に抹殺してしまえば、天才が生まれる可能性もなくなってしまう」という反対論が真面目に提出されることすらあったと言われている。

 生得的犯罪者説と同様、実証には失敗していたとは言え、『天才論』が近代の優生学、支援科学に与えたインパクトの大きさは無視することができないだろう。

(1)ロンブローゾの知の体系

 〈犯罪者〉と〈天才〉。一見すると関係がなさそうな両者を、なぜ精神科医であったロンブローゾは同じ知の体系の中で矛盾なく議論することができたのだろうか。この謎を解く鍵は前回紹介したゴルトンの〈平均からの逸脱者〉に注目する知の体系に求めることができる。

 ほぼ同時代人であるゴルトンとロンブローゾの研究にはいくつかの共通点がある。1つ目の共通点は、両者がダーウィンの進化論に大きな影響を受けていたという点である。2つ目の共通点は、両者の〈天才〉の捉え方には大きな相違があったとは言え、両者とも〈天才〉は天賦(先天)的なものであり、教育によってどうこうできるような存在ではないと見なしていた点である。この点において、彼らは後世の治療教育学者や特殊教育学者のように、〈天才児〉を対象にした教育、あるいは〈天才〉を創りだすための教育には関心を持たなかった。3つ目の共通点は、両者とも〈平均からの逸脱者〉に強い関心を抱いていたという点である。

 しかし、どのような人を〈平均からの逸脱者〉と見なすのか、異なる〈平均からの逸脱者〉の関係をどのように捉えるのかについて両者の考え方は大きく異なっていた。〈才能〉を基準とするゴルトンにとって、〈平均からの逸脱者〉とは彼が提唱した〈才能〉の16階級説において、統計学的に基準外となってしまうような人々のことであった。具体的には〈天才〉と〈白痴〉(当時のイギリスでは知的障害者全般を指す言葉だった)が〈平均からの逸脱者〉であった。一方、ゴルトンは同じ〈平均的逸脱者〉であっても、〈天才〉と〈白痴〉の間に連続性があるとは考えていなかった。今ならば、サヴァン症候群(白痴天才と呼ばれることもある)という概念があり、〈知的障害者〉の中に特定の分野だけで天才的な才能を持った天才がいることはよく知られている。いわば、〈天才〉と〈白痴〉の間に連続性があるという説も成り立ちうるのだが、ゴルトンは〈白痴〉と〈天才〉をはっきり峻別した。

 一方、ロンブローゾにとって、〈平均からの逸脱者〉とは、生物学的逸脱者(精神病者、半精神病者)、犯罪者(道徳的逸脱者)、天才(創造的逸脱者)の3種類であった。
そして、ゴルトンとは異なり、3種類の逸脱者のうち、〈精神病者〉と〈犯罪者〉、〈精神病者〉と〈天才〉の連続性に注目したのだった。

 このうち、生物学的逸脱者(精神病者)と道徳的逸脱者(犯罪者)の連続性に注目したのが、〈生得的犯罪者〉の研究であり、これは現在の異常心理学、犯罪心理学研究にも一定の影響を残している。それに対して、生物学的逸脱者(精神病者)と創造的逸脱者(天才)の連続性に注目したのが、ロンブローゾの〈天才〉研究であり、現在も歴史的偉人の病蹟学的研究に一定の影響を残している。

 さらにロンブローゾ自身は自らの研究を教育学に活かそうとした痕跡はないのだが、ドイツ、オーストリアの治療教育学、アメリカ合衆国の特殊教育学の体系にも影響を残している。これらの教育の専門家には、英才教育、非行少年教育、知的障害教育の3分野にまたがって活躍する者が少なからず存在した。現在からは奇異に見えるかもしれないが、当の専門家からすれば、英才児(創造的逸脱者)、非行少年(道徳的逸脱者)、〈精神薄弱児〉(生物学的逸脱者)はいずれも〈平均からの逸脱者〉であった。現在の発達障害を専門とする臨床家(特に児童精神科医)の中にも犯罪者や天才との連続性に注目する論者は少なからず存在する。

(2)狂気と天才をどのように捉えたのか

 まず、精神科医としてロンブローゾが狂気をどのように捉えたのかを明らかにしていこう。ロンブローゾによれば、精神及び生理上の疾患の多くは、飲酒、梅毒、精神病、結核の遺伝、頭部の傷害、気候の影響などによって引き起こされるとされる。精神疾患が進行していくことをロンブローゾは〈変質〉と呼んだ。俗にいう〈変質者〉を連想させる表現だが、当時はれっきとした医学用語であり、精神医学書ではよく使用された。〈変質〉を起こした患者によく見られる身体的的、精神的特徴を〈変質兆候〉と言う。〈変質兆候〉という言葉はドイツ精神医学やその影響を受けた治療教育学でも頻出する言葉なので、覚えておくといいだろう。

 ロンブローゾによれば、〈変質〉をおこした人々は必ずという訳ではないが以下のような道徳的、生理的〈変質兆候〉を持つことが多いとされる。

【道徳的〈変質兆候〉】
@情感の欠乏
A道徳的観念の亡失
B本能性若しくは懐疑の傾向
C記憶、美的趣味の能力の過大な発達
Dある性質の欠乏に起因する精神上の不均衡
E過度の沈黙若しくは多言
F病的虚栄心
G過度な独創性
H自己に対する過大な注意
I単純な事柄に対して神秘的解釈を加えようとする傾向
J象徴及び特別な言葉の濫用

 道徳的〈変質兆候〉については様々な種類の精神疾患の特徴が未整理なまま羅列されており、現代人には逆に理解しにくい内容となっている。統合失調症、気分障害のような古典的な精神疾患以外にも後の時代に〈精神病質〉〈発達障害〉によく見られるとされる特徴に該当する記述も見られる。また、太字で示したBCDGJは英才教育において不均衡な発達を示し不適応を起こしやすいとされるギフテッドの特徴にも通じるところがある。 

【生理的〈変質兆候〉】
@過大なる耳
A髭の欠乏
B歯並びの不揃い
C顔面および頭部の甚だしい不均整
D性的早熟
E身体の矮小もしくは不均衡
F左利き
G吃音
H〈せむし〉
I結核
J流産の増加および完全に無視孫になること
 
 DJ以外の〈変質兆候〉は、精神病者によく見られるとされる身体的特徴である。身体的特徴の記述については戸惑われる読者もいるかもしれないが、より古い精神医学のテキストほど、精神病者、あるいは半精神病者の身体的特徴の記述に多くの紙面を割いていた。特にドイツ、オーストリアの治療教育学においては身体的特徴の記述は第二次世界大戦後も多く見られた。治療教育学者ハンス・アスペルガーの論文や著作に現代の読者たちが読みにくさ、戸惑いを覚えるのも、症例の身体的特徴に関する記述が非常に膨大なためである。

 〈精神病者〉の特徴の記述に続いて、ロンブローゾは天才の〈変質兆候〉を挙げていく。そして、彼が〈天才〉と見なした人物は精神病者〈変質兆候〉がはっきり見られるとしている。

【生理的特性】
@身体の矮小
A容姿の蒼白
B若白髪、はげ、痩身、筋肉活動の弱さなど
Cクレチン病者のような人相
D頭部および脳の傷害
E吃音
F左利き
G無子孫
H親に似ていない

【道徳的特性】
@早熟
A晩熟
B新奇なものを憎む傾向
C放浪性
D無意識と本能性(創造性のこと)
E夢行病
F霊感
G愚鈍
H感覚過敏
I感覚脱失
J健忘症
K独創性
L特別な言葉の傾向

 なお、ロンブローゾの研究によれば、彼の言う〈天才〉は結婚はできず、無子孫であることが多いとされ、積極的優生が目指す天才の遺伝子の保存という目的は達成できない可能性が高い。次回取り上げるクレッチマーも非常によく似た考え方をしており、〈天才〉は子孫を残しにくいし、子孫を残しても精神疾患を含む遺伝病のリスクが高いと述べている。彼らの研究は優生学内部の議論でよく取り上げられたのだが、主流派から見れば異端の
説であった。

(3)ギフテッド論から見た『天才論』

 同じ〈天才〉を研究しておりながら、ゴルトンとロンブローゾではその〈天才観〉は大きく異なっていた。ゴルトンにとって〈天才〉とは自らが持っている〈才能〉を様々な分野に応用することができ、社会的成功と名声を獲得しやすい人々のことであった。そして、現在の〈天才〉研究では必須とされる創造性の有無はゴルトンの言う〈天才〉の定義には含まれていない。一方、ロンブローゾは〈天才〉という言葉に明確な定義を与えないまま、議論を展開していたが、事例から見て創造性を重視していたことは疑いがない。

 現在の英才児教育の分類に従えば、ゴルトンが対象にしたのは、〈秀才〉に属する人々であった。〈秀才〉とはゴルトンが言うような高い〈才能〉(能力、熱意、根気強さ)を持ち、どのような分野でも柔軟にその〈才能〉を発揮できる子どものことである。後の英才児教育の専門家は〈秀才〉のための特別な教育を構想したが、ゴルトンからすれば〈秀才〉タイプの人々にそのような配慮は無用であった。

 それに対して、ロンブローゾが研究の対象にしたのは、直観的ではあったが、英才児教育で言うギフテッド(神から天賦の才能を与えられた人というのが原意)であった。ギフテッドの子どもは特定の分野では高い〈才能〉を示すが、大きな発達の不均衡を抱えているため、学校教育において不適応を起こす確率が極めて高いとされている。

 ギフテッド教育の分野でよく参照されるポーランドの故ドンブロシェキが提唱した過度激動(Overexcitabilities,通称OE)という議論によって説明を試みてみよう。

ドンブロシェキによれば、ギフテッドとされる子どもには5つのタイプのいずれかの過度激動(OE)が見られることが多いと言う。

@.精神運動性OE…身体的多動、話すスピードが速い、話が一気に飛躍する、頭が働いて眠れないなど

A.知覚性OE…まぶしい光、大きい音、匂い、触感など感覚器官に与えられた刺激に対する過剰な反応

B.想像性OE…強い想像力、白昼夢を楽しみ、前夜見た夢にも過剰に反応するなど。

C.知性OE:知識とロジック、新しい意味を渇望し、疑問を追求し、理論的な分析や真実の探求への志向

D.感情性OE:感情の種類と幅が大きく「ドラマチック」な反応を示す。

 過度激動によって、ギフテッドの子どもは他児よりも多くのことを学び、深い経験をし、創造性を獲得する可能性も高いとされる。しかし、@〜Dは学校生活においては諸刃の剣となりやすい。@精神運動性OEは発達障害の観点から見れば多動の子どもであり、教員や他児から必ずしも肯定的な評価を受けるとは限らない。A知覚性OEは感覚過敏であり、雑音や刺激の多い学級空間ではむしろ不利な特徴となる。B創造性OEは注意欠陥という特徴と重なる部分があり、C知性OEは他児と話題が合わない、学級集団で浮き上がりやすいという生きづらさにつながる。そして、感情性OEは感情の起伏の激しさにつながり、やはり学級集団の中では不利な特性となりがちである。

 従ってギフテッドとされる子どもが普通学級において発達障害の子どもとよく似た困難(例えば、集団からの孤立、教員からの低い評価、感覚過敏による学びづらさ、学習スタイルの合わなさ)を経験することは珍しくない。
故ドンブロシェキも、ギフテッドの子どもは高い創造力と引き換えに、不適応を起こしやすいと見なしていた。

 ギフテッドの観点からもう1度ロンブローゾの『天才論』を読み直してみると、問題はクリアになる。彼が対象とした〈天才〉は現在の英才児教育で言うギフテッドに該当するような人々だったのである。そう考えると、彼の言う〈天才〉が能力、性格の面で極めて不均衡であることは説明がつくし、不適応を起こして精神疾患を罹患しやすい理由も説明がつく。

 その後のロンブローゾの系譜を引く病蹟学的研究では、〈天才〉とは創造性と引き換えにかつての〈精神病質〉、あるいは現在の発達障害、パーソナリティー障害の特徴を持つようになった人々であり、社会的な負荷を負った結果として精神疾患を罹患しやすいと解釈されることが多い。


(4)現代への負の遺産

 ロンブローゾの『天才論』を研究書として見るならば、彼の研究は現代はおろか彼が生きていた時代から見ても問題が多かった。彼が取り上げた〈天才〉たちは確かにゴルトンが取り上げた〈天才〉以上に歴史に名を残す人物だったとは言え、ゴルトンのように〈天才〉の定義やどのようにサンプル(事例)を集めたのかが明確に示されていない。ロンブローゾが取り上げた〈天才〉は文字通り彼が直観で選んだサンプルであり、それを〈天才〉の代表例と見なすことができるのかどうかも疑わしい。

 精神医学的に見ても、ロンブローゾの変質兆候に関する項目は、様々な精神疾患の特徴がごちゃまぜに挙げられており、極めて未整理なままなされた研究となっている。近代科学に重大な影響を与えるような着想を持ちながら、ち密な調査や資料の収集、整理がなされず、同時代の論者から見ても疑似科学的な内容になってしまうというのが、彼の研究の致命的な弱点と言えるだろう。

 一方、〈精神病者〉〈犯罪者〉〈天才〉を〈平均からの逸脱者〉として同列に扱い、その連続性に注目した知の体系が現在の支援科学の知の体系に与えた影響は計り知れない。近年、児童精神医学において発達障害者と〈犯罪者〉の連続性、発達障害者と〈天才〉の連続性を強調する議論が登場する度に、ロンブローゾの作り出した負の遺産の根深さを感じずにはいられない。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
突然コメントしてすみません。

こうもりさんの今回の記事をかじってみて思ったのは、
高校(いわゆる進学校と呼ばれる学校でした)時代に現代文の教師が

「特に理系に進む皆さんいいっておきたいのだけれど、
文章中に『人間』と書かずに『ヒト』という表記が出てきたときは
意識的に注意してくださいね」

という言葉でした。
自分は精神科に通院中なのですが、何か受動的な立場でいることに
抵抗を感じ、そのことを動機の一つとして高名な精神科医の著作を
買って読んだことがあります。その読書体験の中で

「ただし徹底的対象化は(中略)場全体の破壊に終わるだけであろう」
(中井久夫「医学・精神医学・精神療法は科学か」、中井久夫
『徴候・記憶・外傷』みすず書房、2004年、197ページ。より)
というフレーズが自分の読書体験の結論みたいなものになっています。

べてるの家の向谷地生良氏は精神科医の木村敏氏の表現を借りて
「精神科の目標は患者さんと友達になること」
(引用は不確かです、申し訳ありません)とユーチューブで公開されて
いる動画で語られているのを見聞きしましたが、やはりこの価値判断は
妥当だとこうもりさんは思われますか?

自分をコントロールしようなどというやつと友達になろうとは誰も
思いませんよね…。

コメントは以上です。それでは失礼いたします。
小一寸
2013/02/05 11:51
こうもりさん、差別的言語が精神病学界ではあったんですね。普通基準から外れた人は差別的尺度で判定する。ダーウィン的淘汰の世界。ヒトラーのナチズムのルーツ的発想ですな。怖い。怖い。
ぶじこれきにん
2013/02/06 19:33
▼小一寸さん

精神医学における医師と患者の不幸な関係がまさにそれなんですよね。医師が一方的に患者を解釈し統御しようとする関係。フーコーの知の権力論はまさにその問題を掘り下げています。

しかも、現在の支援科学では医師と患者の関係作りが盛んに強調されます。そこでは解釈し統御しようとする関係が見えにくくなってしまうという問題が出てきます。

▼ぶじこれきにんさん

 歴史の皮肉です。ナチスドイツ政権下で、不良な遺伝子の抹殺を目指す消極的優生に反対する論理はロンブローゾのような議論しかなかったのです。つまり、狂気を抹殺してしまえば、天才が発現する可能性もなくなる。。。
ハンス・アスペルガーの議論を読む際にも重要な観点です。
こうもり
2013/02/07 22:09
このブログを熟読すると、天才か、社会的逸脱者かの議論で現在の発達障がい天才論か、KYで変な人、犯罪者論のルーツがロンブローゾの議論。それがナチズムのアンチテーゼというのが歴史的皮肉であり、その鬼子は発達障がい支援業界に議論として蔓延している。社会的逸脱者、枠組みから外れた人を発達障がい業界が変な人として治療教育界の支援の対象にしてしまうあざとさは21世紀も今も潮流としてある。
ぶじこれきにん
2013/03/26 21:49
ぶじこれきにんさん

天才であれ、犯罪者であれ、固有の生物学的基盤を持っているという発想は20世紀初頭の精神医学にも大きな影響を与えました。そういう意味で間違いなく生物学的基盤を重視する精神医学の源流と言えるでしょう。
こうもり
2013/04/06 20:52

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