グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論

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zoom RSS 【少し増補】社会は逸脱者を必要とする(17) ADHD前史@ 

<<   作成日時 : 2014/08/02 22:56   >>

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今回のテーマにも関係があるので、前回番外編で考察したことを少しだけおさらいしてから本題に入ろう。

 20世紀を前期、中葉、後期の3期に分けるのであれば、アメリカ合衆国の20世紀前期は監禁、隔離の時代だっとと言えるだろう。社会の中で〈脅威〉と見なされた人々は施設、病院に収容されるのが通常であった。これまで話題にしてきた〈精神薄弱者〉〈精神障害者〉なども例外ではない。

 しかし、〈脅威〉とされた人々を収容したまま、地域に送り返すことができなければ、施設、病院はやがて過剰収容に陥らざるを得ない。そして、現在では短期間で効果が上がるとされている精神医学の治療法も20世紀前期には確立していなかったのだから、施設、病院に収容された〈患者〉が収容される前よりも治療が進む可能性はあまりなかった。

現在でも言えることだが、施設福祉は在宅福祉よりもはるかに膨大な予算を必要とする。人権という観点は全く欠けていたのだが、20世紀中葉のアメリカ合衆国では、施設、病院の過剰収容の解消が重要な課題と見なされるようになった。

 「一時的に過剰収容となっても、被収容者たちが子孫を残さないように生殖を管理すれば、やがて〈脅威〉となる人々は減少に転じる」と20世紀初頭の優生学者たちならば考えただろう。しかし、優生学者の間ですら、その目標を実現するためには、6世代200年に及ぶ生殖の管理が必要であるという試算が出され、監禁と隔離は現実的な優生政策とは見なされなくなっていた。

 〈脅威〉と見なされた人々の脅威を除去した上で、地域に送り返すという取り組みが盛んに行われるようになった。前回取り上げたロボトミー手術、薬物療法もその一環であったと理解すればよいだろう。

 本題に入ろう。前回取り上げた脳損傷の研究とともに、ADHDの発見に重要な役割を果たしたのが、非行臨床の発展であった。今回は20世紀前期から中葉に非行臨床がどのような変化を遂げ、ADHDの発見にどのような影響を与えたのかを概観していくことにしよう。

(1)非行臨床からの出発

 1880年代より以前、アメリカ合衆国の学校教育に非行問題は存在しなかった。それ以前の児童たちがしつけがよかったからではない。学校側が学習不振の子どもや問題を起こしやすいとされた子どもをあっさり放校することができたからだ。この段階では、「保護者、教師からクレームになるような子ども(児童精神科医レオ・カナーの言葉)」が学校問題となる余地はなかった。

 しかし、1880年代に合衆国各州で義務教育の徹底化が図られるようになると様相は一変する。皮肉な話だが、学校義務教育の確立とともに、学校で問題を起こしやすいとされた子ども、学校に通わなくなった子どもは問題化されるようになったことは以前に述べた。

 初期の学校教育では教師の言うことを聞かず勝手な行動を取ったとされる生徒を〈難度児〉、非行化して学校に通わなくなる生徒を〈怠惰児〉と分類していた。そして、特殊教育学もまた、これらの児童を〈性格欠損児童〉と呼び、特殊教育の対象とした。他に〈性格欠陥児童〉の教育では、〈依頼児〉〈置き去り児〉〈捨て児〉など養育者のいない生徒、養育者が疾患、心身の機能不全などで養育困難と見なされた〈必要児〉、〈放任児〉など今日ならば児童福祉の対象となる子どもたちも施設教育の対象とした。

 1898年にはイリノイ州ではじめて少年裁判所が設立され、1920年代までには他の州でも相次いで設立された。
それ以前のアメリカ合衆国には成人犯罪と少年犯罪の区別はないに等しかったのだが、少なくともこの時期から非行少年は成人犯罪者とは異なる処遇(具体的には矯正教育)が必要であると認識されようになったと考えられる。少年裁判所の決定により、非行少年たちは保護教育院、感化院などに振り分けられていった。


 また、初期の少年裁判所は、実際には精神医学が深く関与していなかったとは言え、非行少年の〈治療〉を志向しており、理念的には医療化につながる方向性を有していた。 20世紀初頭のアメリカ合衆国では、ロンブローゾ、治療教育学の影響もあり非行臨床の世界で精神医学が全く省みられていなかった訳ではなかった。とは言え、本格的に精神医学が非行臨床に関与するようになるのは、もう少し後のことである。

(2)精神医学の非行臨床への介入 

 
 非行臨床の医療化に重要な役割を果たしたのは。精神分析家ウィリアム・ヒーリーであった。精神分析家であったヒーリーは優生学者や犯罪人類学者のような極端な生物的還元主義を取らない。邦訳されている著作を読む限り、ヒーリーは遺伝的要因を完全に否定した訳ではなかったが、最も重視したのは家庭環境だった(『非行少年』参照)。

 ヒーリーは1909年に篤志家の財政的支援を受けて、シカゴ青少年精神問題研究所を設立し、初代所長に就任した。研究所の役割は非行と非行予防の心理的、精神医学的側面に関する研究を行うことであった。具体的に研究所が対象としたのは、家庭、学校で教育が困難になり将来的な犯罪リスクが高いとされる子どもと、すでに犯罪に関わったために矯正教育の対象となっている子どもであった。

ヒーリーの取り組みは精神医学の世界に2つの影響を与えた。

 1つは、1924年のアメリカ矯正精神医学会の設立である。矯正精神医学会は未成年者を扱う精神医学会としても非行臨床を扱う精神医学会としてもアメリカ合衆国で初の学会だった。

 もう1つは研究所をモデルにして1920年代後半に各地に設立された児童教護クリニックであった。児童教護クリニックは非行リスクが高いとされる子どもの予防治療と保護教育所、感化院を対退所、退院した子どものフォローアップの実践を行った。少年裁判所が理念として掲げていた〈治療〉を具現化するための医療機関だったとも言える。

 ヒーリー著『非行少年』(原著は1936年)では、フォローアップについての記述が多く見られ、時代が下るにつれて退所支援の重要性が増してきたことがうかがわれる。〈予防治療〉と〈退所支援〉に重要な役割を与えられるようになったという点は重要である。短期間で効果を上がるとされる〈治療法〉を持たなかった20世紀中葉までの非行臨床では、非行少年の矯正教育施設もまた過剰収容になる可能性があった。そのため、在宅通院による予防治療を通じて入所者の増加を阻止、できるだけ短期間で効果を上げる〈治療法〉の確立、再販による再収用の阻止が重要な課題となっていた。児童教護クリニックは矯正教育施設は非行少年の〈治療〉を進めるとともに、矯正少年施設の過剰収容を防ぐための〈砦〉の役割を果たしていたのである。

 ただし、この時期の児童教護クリニックが短期間で即効性のある治療法を準備できたかと言えば疑問である。この時期の非行臨床は精神分析、心理療法が中心であったため、仮に治療効果と呼べるものがあったとしても、効果が出るには時間がかかったのである。

 しかし、児童教護クリニックという非行臨床専門の医療機関が設立されたことはADHDの発見には重要なことだったと言わざるを得ない。現在ならばADHDと診断されるような子どもが普通学級におり教師や同級生との摩擦が大きかった場合、家庭での養育がうまくいかなかった場合、反抗的とされ非行リスクが高いと見なされた場合、予防治療のために児童教護クリニックに連れてこられることは少なからずあっただろう。

(3)薬物治療

 ADHD治療において、薬物治療が活発に利用されるようになったのは早くとも、1950年代以降のことだった。今でも子どもに対して薬物治療を行うことには抵抗感を持つ人は少なからずいる。ましてや、1950年代以前は成人の精神治療においても薬物治療は一般的ではなかった。

 しかし、1937年にチャールズ・ブラッドリー医師は、行動障害、あるいは学習障上の困難を抱えた多数の子どもにアンフェタミンを投薬したところ、驚異的な効果をもたらしたと報告した。そして、投薬が中断されると子どもの行動は投薬以前の状態に戻った。

 〈行動障害〉を抱えているとされる子どもの一部には薬物治療が即効性を持つ場合がある。これがADHDを知らなかったブラッドリー医師の発見だった。もっとも、1950年代により副作用の少ないメチルフェニード(日本ではリタリンという名前で知られる)が開発され、1961年にFDA(食品医薬品局)によって子どもへの投与が認められるまで、薬物治療は一部の専門家の間で実施されることはあっても、それほど広くは普及しなかった。

 普及はしなかったとは言え、〈行動障害〉を抱えているとされる子どもの情動を統御し、即効性があるために施設への過剰収容の防止につながるような治療法の発見であった。しかし、薬物治療が有効だった〈行動障害〉の特徴はまだうまく描写できていなかった。これをそれぞれの仕方で描写し治療方法を確立しようとしたのが、ADHD前史の最後を飾るアルフレッド・シュトラウス医師であった。

 次回はシュトラウス医師の知の体系を明らかにしていこうと思う。

【参考文献】
ウィリアム・ヒーリー『非行少年』(1936年刊、邦訳は1956年みすず書房)
P.コンラッド、J.W.シュナイダー『逸脱と医療化 悪から病へ』(1992年刊、邦訳は2003年ミネルヴァ書房)
樋口長市『欧米の特殊教育』1923年目黒書店刊



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コメント(4件)

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各位

こうもりです。最近、掲示板にいたずら書きが増えているので、コメントの書き込みを承認制とさせていただきます。普通にコメントを書きたい人にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。

それといたずら書きを見て思ったこと。わたしとは別人物に対する書き込みが多いんですよね。とりあえず、他所でのトラブルを閑散とした弊ブログに持ち込んでも意味はないと思いますので、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
こうもり
2014/08/26 19:07
はじめまして。いつもとても興味深いなと思いながら拝見しています。
当方、車いすを利用をする大学生でして、「障害者役割というまなざしの暴力性」をテーマに卒業論文を執筆しています。
このブログ、特に障害者役割についての記事を参考文献として使用させていただきたいのですが、それらの記事が図書、論文、雑誌への投稿といった形になっているものはありますでしょうか。
ゆん
2014/09/01 15:33
ゆんさん

承認遅れまして失礼しました。駄文ながら、生活書院の支援vol2に拙稿を載せておりますので、ご確認くださいませ。
http://www.seikatsushoin.com/bk/090%20shien02.html


こうもり
2014/09/01 22:01
ありがとうございます。
当日に返答を頂いたにも関わらず、確認が遅れ申し訳ありません。

私の通う大学にはないようなので他大学に複写を依頼しました。
手元に来るのを心待ちにしています。
ゆん
2014/09/03 11:53

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