グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論

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zoom RSS 社会は逸脱者を必要とする(16) 〈不均衡〉へのまなざし(2)

<<   作成日時 : 2014/04/28 23:58   >>

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(体調不良が予想以上に長引いてしまい、更新が大幅に遅れちゃいました。)

今回は、LD(Learning Disabilities)概念産みの親と言われるサミュエル・アレクサンダー・カークの知の体系を明らかにしていきたいと思う。その前に少しだけ、カークが生きた時代背景を紹介していきたいと思う。

(1)公民権運動の後に

 優生学の科学的信頼性が地に堕ちた1920年代以降も、アメリカ合衆国の優生学運動は下火になった訳ではなかった。優生学運動は〈不適格な遺伝子〉を抱える子どもが生まれないようにするための社会衛生の改善、〈不適格な遺伝子〉を抱える子どもによりよい教育環境を提供するための優境学運動として第二次世界大戦以前は継続していった。そこでは、〈不適格な遺伝子〉を抱えるとされた子どもたちは〈不幸な子ども〉として、よりよい環境で支援していくことが目指された。しかし同時に、〈不幸な子ども〉が成長して子孫を残すことは歓迎されず、子孫を残さないように断種手術を実施することが奨励された。

 大きな価値観の変動が発生したのは、1950年代の公民権運動の後からだった。公民権運動はアメリカ合衆国のアフリカ系アメリカ人が憲法に定められた権利の保障を求めて展開した市民運動であった。公民権運動の影響を受けて、多くのマイノリティー集団が憲法に定める権利の保障を求めたマイノリティー運動を展開した。その影響は1960年代の障害者運動にも大きな影響を与えた。

 もし、障害者が憲法の保障する権利を持つのであれば、障害者が子どもを持つことを禁止、制限する優生学運動の理念は許容されるだろうか?もちろん、許容はされないだろう。障害者が他の市民と同様に家庭を持つことは当たり前と見なされなければならないだろう。アメリカ合衆国ではそれほど普及しなかったとは言え、北欧のノーマライゼーション運動の影響も確実に見られた。ノーマライゼーション理念は〈精神薄弱者〉が他の人々と同様に結婚して子どもを持つことを〈ノーマルな生活〉と見なす。

 さらに第二次世界大戦後、ナチスの民族衛生政策により、多数の障害者が安楽死の犠牲になっていたことも
明らかになった。優生学運動は科学的のみならず、倫理学的にも窮地に陥っていった。

 アメリカ優生学(人種改良学)を理論的支柱としていた特殊教育学にも公民権運動の影響は見られた。学習障害児のニーズに応じた教育を行うことを求める運動は、学校教育において力を発揮できないとされた生徒たちの親たちとそれに協力する神経心理学者たちによって展開された。市民運動の支持、ないしは援護射撃なくして特殊教育学もまた成り立たなくなったのである。

 しかし、特殊教育学を支えるテクノロジーに目を転じると、優生学の影響は簡単にはなくならなかった。知能検査においては相変わらずルイス・マディン・ターマンのスタンフォード・ビネー式検査が利用されたし、知能の人種差は存在するという説も影響を持ち続けた。また、前回紹介したウェクスラー式知能検査は20世紀中葉までの優生学者たちの知能研究の蓄積なくして開発はできなかっただろう。

 少なくとも、1960年代以降の特殊教育学は子どもの権利を基底に置いた価値体系を持っていた。しかし、実践においては優生学が20世紀前半に残した遺産(知識と技術)を必要としていたのである。

 この微妙な時期にカークは新しい時代のアメリカ特殊教育学の理論的支柱として登場した。日本への影響も決して小さくない。戦後の日本の特殊教育学は大正デモクラシーの時代から活躍していた教育、心理の専門家たちによって牽引されていたが、少なくとも1960年代初頭までは戦前の知識を強く引きずっていた。しかし、カーク来日以降、アメリカ合衆国の新しい特殊教育学の知見が日本でも広く紹介されるようになっていった。

(2)不均衡理論

 1960年代以降、特殊教育学全般の基本テキストとして版を重ねた『特殊児童の教育』(邦訳は『特殊教育学入門』)は、〈特殊児童〉の分類、〈特殊児童〉を普通学級と異なる学級で教育した方がよいと主張している点において、戦前の特殊教育学の入門書とそれほど異なることはない。明らかに変化しているのは、〈特殊児童〉の定義である。

 それ以前の特殊教育学において、〈特殊児童〉とは「心身に何らかの欠陥を抱えている児童」のことであったが、カークの定義では「平均からずれている子ども」「普通教育では効果が上がらない子ども」たちであった。具体的には〈優秀児〉〈盲児〉〈ろう児〉〈肢体不自由児〉〈非行児〉〈学習能力に限界のある子ども〉〈能力に偏りがある子ども〉を例に挙げている。

 カークによれば、これらの〈児童〉は成長と発達に不均衡を抱えやすく、普通教育が有効に機能しにくく、特殊な教育サービスを提供することが理に適っているとする。そして、「すべての子どもに合った教育サービスを提供することが民主主義の理念に合致する」とするのである。

 〈特殊児童〉の中に〈優秀児〉が含まれていることは、注目されてもよいだろう。今日の学習障害児教育でも、「アメリカ合衆国では英才児教育も特殊教育に含まれている」と誇らしく語られることがある。もちろん、英才児教育は、20世紀初頭にルイス・マディン・ターマンが構想しており、カークの独創ではない。しかし、カークは必ずしもターマンのように優生学的見地から英才児教育に注目していた訳ではない。実はルイス・マディン・ターマンとカークが特殊教育の〈優秀児〉には大きな開きがあったのである。この点は学習障害概念の誕生にも重要な意味を持っているので、詳しくは後述する。

 では、〈特殊児童〉=〈不均衡児童〉をどのように測定し、教育する手がかりを明らかにしようとしたのだろうか?
カークはそれ以前の特殊教育学者ほど、知能検査に対する過信はない。当時の知能検査は児童を〈普通学級〉に在籍させるか、〈特殊学級〉に在籍するかの振るい分けにしか利用できず、教育するための手がかりにはならないと考え、学習心理過程を明らかにする心理検査を開発したのである。これが現代でも学習障害児教育に利用されることのあるITPA(イリノイ式言語学習診断検査)である。

 ITPAはにおいて測定されるのは、以下の通りである。

「聴覚受容」…音の認知、聞き分け、聞く態度、単語の意味理解、連続した会話の理解

「聴覚連合」…2つ以上の概念の記憶、関係づけ、2つの言語概念の直接的関係づけの理解、言語化

「言語表現」…音声機能の欠如、語彙の不十分、自発的な表現の困難、自動的文法能力の欠如、対人コミュニケーションの不十分

「文法構成および聴覚構成」…言語経験の不足、短期間聴覚記憶の発達不十分、耳から入ってきた音声刺激を思い返せない、なかなか学習できない、語音の単語の合成困難

「聴覚配列記憶」…細部に注意を向けられない、反唱できない、記憶の保持再生困難


「視覚受容」…視覚−運動知覚の基本的技能の欠如、知識や経験の欠如、視野内にあるものの観察不能、視角シンボルの意味理解不能、視覚イメージの使用不能

「視覚連合」…2つ以上の概念記憶、関係づけの困難、2つの視覚的概念の直接概念づけ困難、特別な関係を見出すことの困難、視覚的概念の分類、カテゴリー分け困難、解決法の発見、判断の困難

「動作・運動表現」…基本的な知覚−運動能力の欠如、表現の仕方がわからない、考えと動作が結びつかない

「視覚構成」…視覚的な知覚−運動機能の欠如、視覚化能力欠如、違った視覚内のものを1つのものとしてとらえることができない、知覚速度の問題。

「視覚配列記憶」…身体的な問題による阻害、細部に注意を向けられない、見たものを思い出せない、配列記憶の欠陥による読み書きの困難、記憶の保持再生の困難

 ITPAで注目されるのは、各項目の間にある不均衡さ(個人内差)である。特に得点が落ち込んでいる項目は学習をする上での弱みであるが、得点が高い項目は逆に学習をする上での強みとなる。弱みと強みを捉えることによって、教育の手がかりを得ようというのが、ITPAの趣旨である。ITPAを実施した場合、目に見える心身の損傷を持たない人でも、項目ごとの不均衡がはっきり見られる場合がある。そのため、ITPAは目に見えにくい心身の機能不全を抱える人の学習心理過程を明らかにする検査として活用されることになった。

(3)〈優秀児〉教育に見るカークのまなざし

 カークの知の体系は彼が〈優秀児〉教育について語る時によりはっきりする。『特殊児童の教育』の中でも、〈優秀児〉教育について論じた箇所を考察することによって、カークの不均衡理論の特異性を明るみに出してみよう。そのことを通じてカークもまた優生学が遺した知識と技能の検証者であることが明らかになる。

 20世紀前半のアメリカ合衆国における〈優秀児〉教育の権威は言うまでもなく、優生学者ルイス・マディン・ターマンである。彼はスタンフォード・ビネー式知能検査の開発を終えた後、1920〜1955年まで彼が知能検査によって発見した1528名の〈知能優秀児〉(IQ140以上)の追跡調査を続けた(『天才の発達的研究』全5冊)。

 ターマンの追跡調査によれば知能優秀児の多くは高い社会経済的水準の家庭出身者であった。健康状態は良好で、学齢期を通じて、優秀な成績を収め、大学進学率は男子90%、女子86%、卒業率は男子70%、女子67%であった。研究開始後20年後に精神的健康と適応の予後調査を行ったが、80%は「満足な適応」を示し、約15%はいくらか「不適応」であり、残り5%は重大な不適応とされた。就職後の職場適応もよい者が多く、ターマンは「児童期に認められたよい情緒反応がその後も維持されている」と結論づけた。

 初期優生学の研究では、学校という環境は〈優秀児〉の才能の目をつぶしてしまうところがあり、〈優秀児〉の適応状態はよくないとされていた。時にはそれが〈英才児学級〉の創設を主張する根拠となっていたのだが、ターマンの追跡調査は一見するとその予想を裏切っている。学校教育を受けていても8割以上が予後良好なのだから、〈優秀児〉に対する特別な教育はそれほど必要ないという結論が出てもおかしくない結果である。ただし、単一的な知能の尺度を作ったターマンは知能が高い者=〈優秀児〉ととらえている節があった。現在で言う〈ギフテッド〉(不均衡な〈天才児〉)はターマンの眼中には入っていなかったのである。

 それに対して、〈不均衡〉理論の提唱者であるカークはむしろ不均衡の激しい優秀児である〈ギフテッド〉に注目した。ターマンが予後良好な8割の〈優秀児〉に注目したとすれば、カークは予後不良とされる2割の〈優秀児〉に注目したことになる。カークが注目した〈優秀児〉は以下のようなケースであった。

 彼の基本的欠陥は、平均以下の対人関係にあらわされるような性格面にある。彼は他の子どもとうまくやっていけず、彼らから受け入れられていない。また、教師や当事者が与える学習課題に反感をもっている。彼は仲間の知らない語いを使ったり、種々の問題についての議論をふっかけることのその知能を利用している。大部分の時間を家庭や学校での異端者になることに費やしている。この少年は、その性格上の問題、不安、態度が成績を遅滞させ、学業不振を招いている優秀児と考えられる。(『特殊児童の教育』)

 まるで、普通学級で孤立する発達障害児の記述のようだが、カークによればこの少年が〈学習不振の優秀児〉であった。知能は高いが、発達と成長が〈不均衡〉であり、通常の学級集団ではむしろ落ちこぼれるので、早期発見した上で特殊学級で教育することを提唱していた。

 またカークが同時に注目したのは、知能検査の結果がIQ170を超える〈極度の優秀児〉であった。ターマンの先行研究を解釈しなおすとIQ130〜150の児童は学校での学業成績がよかったのだが、IQ170以上の生徒では、25%が平均かそれ以下の成績であった。さらに社会適応については交際下手や孤立的である者が多く、社会的地位もあまり高くなかった。

 〈優秀児〉の中でも〈不均衡さ〉の目立つ児童の場合、必ずしも予後良好とは言えず、特別な配慮を必要とする。これがカークの出した結論であった。現在のギフテッド教育につながる発想であることは言うまでもない。そして、知能の高さに関わらず、〈不均衡さ〉を抱えた者にとって学校は学びにくいところだとするカークの知の体系をこれほど明確に伝えたものはないだろう。これこそが、知能の高さに関係なく発達に〈不均衡さ〉を抱えた児童を特殊教育の対象とする〈学習障害〉教育の知の体系の源流であった。

 現在も発達障害者とギフテッドの連続性を強調する議論はよく聞かれるが、その源流はカークの不均衡理論に求められるだろう。そして、発達障害児教育には、20世紀初頭から練り上げられてきた〈英才児〉教育の知見と技法が遺産として取り入れられている。しかし、これらの遺産は紛れもなく、20世紀前半の優生学的知能研究によって培われてきたものである。

〈測定に基づく教育〉という血塗られた優生学的遺産は、権利としての特殊教育学にも必要不可欠な遺産だったのである。

次回は、〈微細脳機能障害〉の誕生に関する考察を始めてみることにしよう。


 

   

 






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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
不均衡が障がい者観、障がい児観の源流。特に発達障がい者、児をコミニュケーションの取れない人たちというレッテルを貼ったターマンの価値観は、天才児の事は考慮に入れていない。そういう意味でゆがんでいる。
不均衡にメスを入れたこうもり氏に感謝している。すべての障がい者、児を裁いたのはこの不均衡という価値観なのだから・・・・・・
ぶじこれきにん
2014/05/14 05:26
ぶじこれきにんさん

正確には〈不均衡〉のまなざしは20世紀初頭にもありました。積極優生学、優秀児教育の世界でもロンブローゾやクレッチマーの影響を受けた人々は天才は不均衡さを抱えており、英才児とは別物だと考えていたようです。

ただし、ロンブローゾやクレッチマーの説は測定に基づく見解ではありませんでした。ある意味でカークは〈不均衡〉を測定する方法を思いついた教育者ということになるでしょう。

ただし、アスペルガーのように優秀であるから救い出さなければならないという発想にカークが染まっていなかったか?このあたりは検証が必要でしょう。
こうもり
2014/05/16 19:31
まだ、連載途中なので何とも言えないのでございますが。。。

優生学から「障害のある子を産まれないようにする」を引いたら、何が残るんでございましょうね?
悪い魔女
2014/05/17 16:28
師匠

いくつかの角度から考えていきませう。まず、明確に優生学の影響下にある特殊教育も影響下にない特殊教育も、<測定に基づく教育>を重視しているという点は共通しています。皮肉なことなんですが、優生学が現在に残した最大の遺産こそが<測定に基づく教育>なんです。それは、フランシス・ゴルトンが近代統計学の重要人物であったこと、ターマンが知能検査の開発者の1人であることからも明らかです。<測定に基づく教育>によって、確かに測定された者はよりよい教育を受けることはできるかもしれない。しかし、それは時に測定の対象者の処遇を決定する道具として利用されてしまう場合があります。

そして、今回取り上げたカークも<測定に基づく教育>の継承者でした。
こうもり
2014/05/17 19:04
質問の件に関しては、優生学を1920年代ごろまでの初期優生学と1930年代以降の改良優生学の時代に分けて議論した方がよいように思います。初期優生学時代の特殊教育では、教育の対象となる特殊児童は将来的に施設に収容されることが見込まれており、できるだけ社会に経済的コストをかけないようにすること、施設内で手間がかからないように育てることを念頭に教育がなされていました。一方、改良優生学の時代になると、<特殊児童>たちに対してよりよい教育環境、衛生環境を提供して<よりよく生かす>という発想に転換がなされます。将来の展望も、施設に収容するではなく、子孫を残せない身体にして地域で生活させるに徐々に変化していきました。皮肉なことにアメリカ合衆国で断種手術が最も多く実施されたのは、改良優生学の時代でした。

 改良優生学とカークの時代を比較すると、確かに違いを説明するのは難しくなります。支援の対象となる子どもが将来的に子孫を残すことを想定しているか否かの違いでしかなくなってしまいます。
こうもり
2014/05/17 19:18
あと、意外に微妙なテーマなのが、妊娠中の女性が胎児に心身の損傷、機能不全が生じないように、食生活に気を配ったり、アルコール、煙草、薬を控えたり、激しい運動を控えることが優生学的なのかという問題。

もちろん、優生学者も現在の産婦人科も、それは健康な子どもが生まれるために必要なことだと言うでしょう。いちおう両者の違いは、優生学者ならば社会の発展のため、あるいは社会の劣化を防ぐためという目的が含まれているのに対し、現在の産婦人科の助言が許容されているのは、子どもの幸福を目指しているからなんだとか。。。

しかし、これも微妙な問題なんですよね。優生学運動の一派である「不幸な子どもを産まない運動」は、いちおう子どもが健康に産まれる権利を主張していたりするので。
こうもり
2014/05/24 18:55

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